2020年1月19日 (日)

穏やかな日ですが、鳥も散歩友達も少なし……ヒバリとゴイサギコロニーチェック

Img_8503c  昨日と同じく、風が弱く、よく晴れて穏やかな日になりました。センター試験初日は、大きなトラブルはなかったようですが、今日の2日目も無事に終わることを願います。しかし、それにしても、受験生ももちろん大変なのですが、試験を実施し、監督する各大学の教職員の皆さんにも多大な負担がある試験です。私も、その昔携わったことがありましたが、分厚いマニュアルを渡され、そこに書かれた指示通りに行動しなければなりません。受験生への説明も、書かれた内容を一字一句間違えないように伝えますし、トラブルがあったときには、マニュアルにあるやり方で対応しなければなりません。書かれていないトラブルについては、勝手に判断するのではなく、大学の本部や、場合によっては入試センターに問い合わせてその指示にしたがうのです。

Img_8424c_20200119154501  さて、今日はいつも通りに散歩。8時スタートで、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、寺町と6.0㎞。天気はよく、暖かい感じなのに、散歩友達も鳥も少なく、2時間15分ほどで帰宅。こういう日こそ、鳥に出てきてもらいたいのですがねぇ。この写真は、住吉神社の前から常夜燈を入れて、長良川河口堰を撮ってみました。

Img_5027c Img_8439c  住吉入江にも、揖斐川にもほとんど鳥影はありません。風がないので川面は穏やかなのですが、こういう日は案外鳥が少ないのです。ちょっと不思議。カンムリカイツブリが1~2羽、カモが数羽いたくらい。三の丸公園にもほとんど鳥影なし。遠くにモズのオスらしき鳥がいたくらい。三の丸水門まで来て、ヒバリが4羽。高水敷で一所懸命エサを探していました。そのせいか、割と近くから覗き込んでも逃げず。

Img_8449c  中橋のゴイサギコロニーも見てきました。北側の多聞橋からまず眺めたのですが、遠いせいもあってか、ゴイサギたちは見えず。グルッと回って、桑名宗社の方から東に向いて橋を渡りImg_8458c ます。このときの写真が左の写真。中橋の上から。ゴイサギが3羽とホシゴイが1羽見えました。

Img_8465c_20200119155301  さらに、今日は、左の写真に写っている倉庫の向こう側(現在は、駐車場)にも回って、木Img_5069c_20200119155301 のごく近くから見てみました。この位置からは、さらに3羽のゴイサギが、木の中にいるのが確認できました。合計では、ゴイサギ6羽、ホシゴイ1羽です。

Img_5075c_20200119155601  九華公園では、鎮国守国神社の社務所裏にアオサギ。お休み中でしたが、声をかけると顔を上げます。ただし、これは私を判別して反応しているのではなく、音が聞こえたことに対する「オリエンテーション反応(orientation reflex)」だろうと思います。つまり、「オヤ? 何だ?!」という反応。

Img_5073c  アオサギのいた隣の木には、ゴイサギが1羽。皆が中橋の方へ行っているわけではありません。カモ、今日Img_8476c_20200119155701 は少なめで、合計52羽。ハシビロガモのオス4羽、メス2羽と今日は、ハシビロが少なめ。ヒドリガモはオス1羽にメス2羽。ホシハジロは見当たらず、他はキンクロ。このほか、オオバンが2羽と、カルガモが1羽。他にいた鳥は、ドバト、カワラヒワ、スズメ、ムクドリ。ツグミの鳴き声も聞こえていたものの、姿は見えず。ヒヨドリは、このところかなり少なくなっていて、公園全体が静かな感じ(苦笑)。

Img_8482c  貝塚公園も静かでした。ヒヨドリはほとんどいません。カワラヒワや、ムクドリがいたくらい。シロハラも今日は見当たらず。ようやくツグミ1羽を見つけました。これほど野鳥がいないのは、暖かいせいなのでしょうかねぇ?

Img_5124c  内堀公園でもスズメとムクドリのみ。寺町商店街の北側に来たら、コサギが1羽が飛んで来て、交通標識や信Img_8490c 号の上に降りてきました。足に網か、ロープのようなものが絡んでいます。ダイサギは、この辺で見たことはありませんが、コサギは、時々、こういう街中にやって来ます。アオサギも商店街の屋根にいることもあります。同じサギでも、行動パターンに違いがありそうです。

Img_5080c  昨日、福島地区で白梅が咲いていましたので、九華公園、鎮国守国神社でも注意して見てきましたが、まだImg_5107c その兆しはありません。左の写真は、鎮国守国神社境内の白梅。なばなの里では、河津桜がほぼ満開という話も聞きましたが、寺町商店街の河津桜はまだ右の写真のような状態でした。

Img_5094c_20200119155701  ところで、九華公園の朝日丸跡の石垣が、去年9月の台風で崩れて、そのままになっているという話を何度か書きました。年が改まっても修理される様子がなかったのですが、2~3日前に市役所の担当課の方が管理会社と同行して確認に来られたそうです。修理に向けて動き出したようですが、堀のところですから、重機も簡単には入れられません。ちなみに、「業を煮やして」ではありませんが、市役所のホームページにある「あなたの声 お聞かせください」に私が10日ほど前にこの件について書き込んだのです。私のところには返事は来ていませんが、時系列から考え、書き込んだため確認に来たような気がします。話がどこで止まっていたのかよく分かりませんが、対応していただけるのはありがたいこと。

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2020年1月18日 (土)

大山田川沿いから福島あたりでバードウォッチング……カワセミ、ケリ、芸達者なアオサギたち、そしてイワツバメが来て白梅が咲いて、春の雰囲気

Img_8217c Img_4927c_20200118155801  大学入試センター試験初日です。我が家あたりは、天気はよく、午前中は風も弱くて、暖かい日になりました。12.3℃です。リビングには日がよく入ってぬくぬく。JRさわやかウォーキング(初歩き豊川詣を満喫しよう)か、近鉄ハイキング(菰野まるごとハイキング・冬 鈴鹿山脈を望み湯ったりウォーキング♪)に行こうかと考えたものの、今日は断念。JRさわやかウォーキングは、飯田線・三河一宮駅が受付。豊橋からさらに飯田線に行くのはいささか遠い(片道1時間40分~2時間)。近鉄ハイキングは、以前ほとんど同じコースを歩きましたので(2018年10月20日:20181020近鉄ハイキング「芸術の秋!鈴鹿山脈を望み湯ったりウォーキング」へ……菰野駅をスタート、五郎兵衛地蔵、三滝川ジョギングコース、大羽根園運動公園から湯の山温泉駅、観光列車「つどい」もしっかり見てきました(完))、もういいかと思った次第。そこで、今日は、久しく歩いていなかった、大山田川沿いや、上之輪、 福島地区に出かけることにしました。

Img_8306c_20200118161601  今日のベストは、こちら。沢南橋や、そのすぐ上流の人・自転車専用橋のところでカワセミに遭遇。何度も、往ったり来たりしていましたが、2つの橋の間にある堰の脇にしばし留まっていました。陽がよく当たって、明るいところに止まっていました。これが幸い。カワセミがこれほどクリアに撮れたのは、久しぶり。超望遠コンデジによる写真です。

Img_4888c_20200118161501  もう一つの話題は、イワツバメ。新宮西橋の裏側に毎年繁殖に来ます。今日、早くも6羽が新宮西橋の周囲を元気に飛び回っていました。飛びもの、しかもツバメの飛びものは難しい。一応、イワツバメらしい姿が分かる写真が撮れました。

Img_5001c  さらに、早くも白梅が一輪咲いているのを見つけました。福島にある洗車場の近く。服部嵐Img_5005c 雪の「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ」という句が浮かんできます。ここは、小規模な梅林になっていて、他にももう咲きそうに膨らんだ白梅のつぼみもありました。

Img_4816c_20200118160101 Img_8210c  さて、散歩は日物谷の市営住宅近くからスタート、大山田川を下り、途中上之輪神社のところから上之輪新田へ。沢南橋からまた大山田川沿いに戻り、揖斐川の堤防へ。沢北川や、甚内排水機場あたり、伊勢大橋西詰交差点から少し南で、福島へ。諸戸苑の住宅地を抜けて、福島ポンプ場からバローを経て5.5㎞。2時間半あまり。もっと歩いた気がしたのですが、まあこれくらいの距離でしょう。スタートして、播磨橋までの間では、ハクセキレイ、コガモなど。播磨橋近くのお宅で、エナガとメジロの混群。賑やかでした。逆光だったり、狭い路地で高い木を見上げたりということで、証拠写真のみ。コガモは、JR・近鉄の鉄橋あたりまであちこちに分散しています。

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 新宮西橋を過ぎて、コスモマンションの北あたりでは、ダイサギや、メジロ、アオサギ、イソシギ、セグロセキレイ、ハクセキImg_4822c レイなどたくさんの鳥たち。

Img_8229c  アオサギさんは、漁をしているようでもあり、また、不思議な行動もしていました。色が薄Img_8235c_20200118161501 いので、まだ若いアオサギさんのようです。右の写真など、まるで「立○小○」でもしているかのように見えます。護岸に向かって何をしているのでしょう?

Img_8239c_20200118161501  モズは、遠かったので、クリアな写真ではありません。ムクドリもあちこちで見ましたが、Img_4853c_20200118161501 あまりよいところには出てこず、これまた証拠写真(苦笑)。バードウォッチングの成果はあるものの、あまり誉められたものはありません。

Img_8251c_20200118161501  セグロセキレイや、イソシギも遠い、遠い。どちらも超望遠コンデジの65倍ズームで撮っImg_8256c て、さらに大トリミング(苦笑)。天気が良かったお陰でそれなりに見られる写真にはなりました。

Img_4914c  沢南橋のところにもアオサギさん。上のアオサギとは、別の個体。逃げませんでした(微笑)。近くでは、小ガモが4羽ほどいて、エサ探し。

Img_8329c_20200118161601 Img_8348c_20200118161601  ここから、上之輪神社を通り抜けて、上之輪新田へ。ケリがいないかと期待して、でしたが、結果は期待通り(微笑)。8匹が割と近くに集まっていました。

Img_4955c_20200118161601  揖斐川沿いに出て、船だまりのところから東を見ていると、葦原から猛禽類が飛び立ってきたのが見えました。ノスリのように見えます。

Img_4969c_20200118161601  沢北樋管の先にはオオバンの群れ、大山Img_8366c 田樋管のところにはカワウ。そして、甚内排水機場の先には、アオサギとダイサギ。アオサギさん、やはり役者です。このアオサギさん、なぜかがに股(笑)。ダイサギは、水の中にいたのに、アオサギよりも速く逃げて、近くの樹上へ。

Img_8389c_20200118161601  伊勢大橋西詰交差点から国交省木曽川河川下流事務所を越えたところで福島地区へ。このあたりも、以前は良くケリを見ましImg_4989c_20200118161601 た。今日も少し期待していましたが、3個所の水田で合計7羽。去年は、あまりケリを見なかった気がしますが、今年はどうでしょう?

Img_5009c_20200118164101  ということで、ウォーキング/ハイキングではなく、大山田川沿い散歩にしましたが、それなりに成果ありで、楽しめました。この写真は、拙宅前まで帰ってきたときに見かけた住吉キンクロウズ。オス、メス2羽ずつ。江戸橋での仕事の区切りが見えてきて、ちょっと気が抜けているような気がします(苦笑)。やりたいことはいくつかありますから、新年から半月あまりでもう気合いを入れ直さないといけないようです。

 

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2020年 春季特別支援教育支援員(学習支援員)養成講座(追加募集)のお知らせ

 NPO法人子ども支援室カシオペアとディスレクシア協会名古屋では、令和2(2020)年2月9日(日)~3月21日(土)の間、土日・祝日6日、平日1日を使って、「特別支援教育支援員(学習支援員)養成講座を行います。令和2年1月14日現在、10名の追加募集が行われています。

 特別支援教育支援員(学習支援員)は、小・中学校の通常学級で、特別な支援を必要とする子どもたちをサポートするため、平成19(2007) 年度から配置され始め、本年度では全国平均で1校につき約1.8人が配置されています。市町村によっては1校に2人以上配置されている学校もあります。名古屋市では、平成23(2011) 年から「発達障害対応支援員」の配置が始まり、平成28(2016)年度以降は、幼稚園を含め全校(395校)に配置されています。この養成講座は、名古屋市の制度に先駆けて、平成22(2010)年春に第1期養成講座を実施、その後、春秋の年2回開催し、令和元(2019)年秋の第20期養成講座までに計707人の方が修了され、修了者は名古屋市をはじめ、各市町の学校現場で活躍されています。

2020springsien  支援員は、一人ひとり違う個性豊かなLD(学習障害)、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、ASD(自閉スペクトラム症)などの子たちについて、その理解と必要な対応スキルを学び、その学校の指導方針(個別の指導計画)を理解し、先生方の指示を受けて支援する力量が必要になります。発達障害のある子は何に困っているのか、その原因は何か、どのような支援をすればよいのかなど、現場で役に立つ支援員を養成するために、この講座ではさまざまな分野の専門家が協力して、講義などを行います。応募要項は、この記事の末尾からダウンロードできますので、ご関心がおありの方、参加ご希望の方は、必ずそれをご覧ください。以下には、概要を示しておきます:

  1. 講座内容:応募要項をご参照ください
  2. 日時:令和2(2020)年2月9日(日)~3月21日(土)の間、土日・祝日6日、平日1日、各回とも10時~15時30分
  3. 会場:ウィルあいち(名古屋市東区上堅杉町1;地下鉄市役所駅から徒歩5分)
  4. 対象:発達障害について多角的に学び、子どもの支援に役立てたい方が対象です。講座中に知り得た個人情報の秘密保持についての誓約が求められます
  5. 受講料:26,000円(一括して前納)
  6. 追加募集定員:10名(先着順)
  7. 申込締切:令和2(2020)年1月25日
  8. 申込方法:応募要項にある申込書に必要事項を記入の上、郵送またはメール添付で子ども支援室カシオペアまでお申し込みください
  9. 子ども支援室カシオペアの連絡先:kodomosien@gmail.com(スパムメール防止のため、アットマークは全角サイズで表示しています。メールご送信の際には半角サイズ(@)にご訂正ください)、または、〒456-0024 名古屋市熱田区森後町7-14 沼田ビル3階
  10. 受付後の手順:受講者には、1週間以内に受講決定通知書が届きますので、受講料を銀行振込で納めてください

 なお、プログラムにアステリスクマーク(*)が付された講座は、公開講座です。公開講座には受講条件はなく、どなたでも1回2,500円で受講できます(各回15名ほど)。公開講座は、メールで先着順に受け付けます。講座日、講座名、お名前、郵便番号、住所、電話、携帯番号、職業を明記してお申し込みください。

 お問い合わせも、直接子ども支援室カシオペアまでお願いします。NPO法人子ども支援室カシオペアのサイトにも詳しい情報と応募要項があります。

 私も2月23日の第4回講座で「心理検査でわかること・検査結果の支援への活かし方」についてお話しします。

 2020年 春季特別支援教育支援員(学習支援員)養成講座の要項:ダウンロード - 2020e698a5e69c9fe694afe68fb4e593a1e9a48ae68890e8ac9be5baa7e5bf9ce58b9fe8a681e9a085.pdf

 なお、子ども支援室カシオペアのFacebookに講義風景などが掲載されています。

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2020年1月17日 (金)

ゴイサギコロニー、博物館の「書院の茶と草庵の茶」展、そして「へこきまんじゅう」

Img_8009c  今日も曇天で寒い1日でした。夜には雨という予報です。冒頭の写真、よく分からない写真ですが(今日は、あちこち行こうと思って、超望遠コンデジしか持っていきませんでした)、名古屋駅当たりの高層ビル群とその背後に見える雪山です。中央アルプス(木曽山脈)あたりかと思います。最高峰は木曽駒ヶ岳の2,956mですが、私には区別がつきません。

Img_8000c  8時半少し前から、3時間もウロウロ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園から桑名市博物館、アピタ、Img_8017c_20200117172201 銀行と回って、7.6㎞も歩いてきました(微笑)。揖斐川では、今シーズン初めて、シラウオ漁の船がでているのが見えました。右の写真、向かって右の漁船がそれです。ただし、2隻が組みになって大きな網を引きますから、この写真だけでは分かりません。市内小貝須(こがいす)には、芭蕉の句碑「明けぼのや白魚しろきこと一寸」があります(こちらを参照)。「野ざらし紀行」で、貞享元(1684)年の冬に詠んだ句。

Img_8025c  昨日に引き続き、まずは、中橋のゴイサギコロニーをチェックしてきました。今日、ここにいたのは、ゴイサギ3羽、ホシゴイ3羽Img_8031c でしたが、木の中には他にもゴイサギ/ホシゴイがいそうな雰囲気でした。というのも、見ている間に、木の中からゴイサギ、ホシゴイが合わせて3羽出て来たのです。

Img_8029c_20200117173001 Img_8042c  そして、もう一つ分かったことは、以前の記事で書いたように(2017年4月8日:「美白スズメ」の巣作り、ゴイサギたちは2軒の家を使い分ける?……桜は、水鏡と、霧の中)、ゴイサギ/ホシゴイは、この中橋と、鎮国守国神社の社務所裏とを往き来していました。今日、両地点で見てきたのですが、その間に往き来しているのを確認できました。

Img_8088c Img_8066c  揖斐川にはほとんど鳥影はありませんでした。赤須賀の漁船が漁に出ていたためと思います。十万山の先、長良川の方にはカモらしき姿がありました。三の丸公園などにも鳥はいません。九華公園に来ても、アオサギはいません。ゴイサギとホシゴイは、先に見に行っていた中橋から、1羽ずつ飛んで来ていました。見ている内に、両方とも飛び立って、中橋付近に降りるのを確認できました。九華公園のカモは、合計52羽。ハシビロガモのオス6羽、メス5羽、ヒドリガモのオス1羽、メス2羽とキンクロハジロです。

Img_8074c_20200117174201  ユリカモメは、餌をやる人もあって、入り乱れていましたが、カウントできた範囲では、34羽。BIRDERの最新号(200年2月号)を見ていたら、「ユリカモメは元祖都市鳥か?」という記事がありました(鳥の都会暮らし始めましたという連載の23回目)。繁殖地では人が出すゴミで増え、また飛来地では、給餌によって内陸部にも進出してきたということが書かれていました。人との関わりの中で都会暮らしをしているといえそうです。

Img_8069c_20200117174201  奥平屋敷跡でシメ。昨シーズンは、九華公園だけで3~4羽同時にいたのですが、今年はどうも1羽のみ(三の丸公園でも見まImg_8084c_20200117174201 すが、同一個体かどうかは不明)。辰巳櫓跡あたりでジョウビタキのメス。ビンズイも1羽いたものの、すぐに逃げられ、撮れず仕舞い。このほか、ツグミの鳴き声が何度か聞こえていたものの、姿は見られませんでした。そういえば、ヒヨドリの姿がいつもよりかなり少ない気がしました。

Img_8095c  貝塚公園は静かでした。ヒヨドリもカワラヒワも少ないのです。いなくなったのかと心配したのですが、いつもいるあたりで、シロハラを確認できました。ここのシロハラも、昨シーズンは少なくとも2羽いたと思うのですが、1羽しか見られません。

Img_8127c_20200117175101 20200117kuwanacitymuseum  このあと、桑名市博物館へ。1月11日(土)から2月16日(日)まで、新春企画展「書院の茶と草庵の茶」を開催中。臨済宗の僧・栄西が中国から持ち込んで以来長い歴史がある喫茶文化の発展を辿るという内容。室町時代には、将軍の館や寺の書院に貴人を招いて茶や和歌を楽しんだのですが、それが戦国時代から安土桃山時代になると、千利休の影響で2~6畳の茶室で茶を嗜むように変わっていきました。これがタイトルの「書院の茶と草庵の茶」になっています。初出品約40点を含め、136点が公開されています。私が気になったのは、「起絵図(おこしえず)」。江戸時代、主として茶室建築を対象に開発された日本建築独特の立体見取図です。折りたたむと平面状になり、たとうに納まります。高校生以上は¥150。午前9時30分から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)、原則として月曜休館。

Img_8129c_20200117180501  そしてさらに、アピタ桑名店へ。昨日の記事にも書きましたが、19日まで出張販売されている「へこきまんじゅう」を買おうという算段。ずいぶん久しぶりにやって来ました。この前いつ来たか、覚えがないくらい。現在、小規模ながら、九州物産展もやっていましたが、今日は「へこきまんじゅう」。三重・名張の赤目四十八滝にある「たまきや」が製造販売しています。テレビで何度か見て以来、気になっていたのです。たまきやさんは、昔から、赤目四十八滝の入口でお土産屋さんをしていたのですが、嫁いできたお母さんが「お客さんに、何かホッとできるお土産をつくりたい」と考えて生まれたそうです。

Img_8170c_20200117180501  こちらがそのパッケージと、へこきまんじゅう。たくさんのサツマイモで焼き上げられた饅頭で、「忍者福笑門」の形になImg_8181c_20200117180501 っています。プレーン(1個¥200)と、こしあん入り(1個¥250)を2つずつ買ってきました。食べてみたら、ふっわふわの柔らかい焼き芋という感じ。これは、癖になるかも知れません(微笑)。名前がユニークですが、「へこき」は「屁こき」。できあがった試作品を店のお父さんが食べたところ、「プッ!!!!!」 嘘みたいな話ですが、おならをしたそうです。そして、お父さん一言。「へこきまんじゅうや!!!」 家族大笑いで、これがこのまんじゅうの名前になったそうです。赤目四十八滝入り口のお店に行くと、店頭に「名前で笑って、食べて満足」とあるそうですが、美味しいです。ちなみに、私、まだ、「プッ!!!!!」という音はさせておりません(微笑)。

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20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(その4)……秋葉山円通寺でゴール、オプションコースの熱田神宮に参拝し、宝物館で日本書紀展を見る(完)

200111jrwalkingsannou3  1月11日のJRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」のその4です。その3では、宮の渡し跡を堪能しました(微笑)。宮の渡し跡を出たのが、11時40分頃。このあとは、内田橋北交差点を渡って、伝馬町に出て、ゴールの秋葉山円通寺を目指します。ここでいったんゴール受付をしたあと、熱田神宮は、オプションコースとなっています。

Img_7553c  円通寺の南側にゴール受付が設けられていましたので、お参りする前に、ゴール受付を済ませます。まずは、JRさわやかウォーImg_7561c キングのゴール受付。11時52分に到着。ここまでで6.7㎞でした。けっこう賑わっています。歩く距離がさほど長くはありませんでしたので、差がつかなかったのでしょう。スタンプは、これで3個目。順調です。

Img_7558c  いつもの完歩パネルも撮影。デザインは同じで、ゴールの場所と、日付が異なるだけなのですが、これを撮影しないと、JRさわやかウォーキングを歩き通したという気にならないのです(微笑)。

Img_7564c  さらにこの日は、その1にも書きましたように、名鉄のハイキングとの共同開催でした。途中Img_7566c でラッキーナンバーが印字されたカードをもらいましたが(その2参照)、その結果は、名鉄のハイキングの受付でということなのです。こちらは、JRさわやかウォーキングの受付以上の大混雑。結局、抽選では、「円通寺賞」ということで、ハッキリ言えば、ハズレ(苦笑)。「ともしび 秋葉総本山 熱田秋葉山 神佛用マッチ」がもらえました。また、名鉄のハイキングの完歩券もいただいてきました。JRさわやかウォーキングや近鉄ハイキングと同じく、集めた枚数に応じて賞品やバッジがもらえるようです。

Img_7642c  秋葉山のマッチ。火防(ひぶせ)の神様ですから、「守護 鎮防火燭 熱田秋葉山」とあります。一人暮らしをしている家内の母に進呈することにします。

Img_7568c  2つのゴール受付を済ませて、秋葉山円通寺(あきはさんえんつうじ)の境内へ。曹洞宗の寺院。山号は補陀山(ほださん)ですが、秋葉山、羽休山ともいうようです。ご本尊は釈迦如来。熱田の両参り「熱田さま」「秋葉さま」として親しまれているといいます。秋葉大権現は、火の神様。「火防守護」その他七難を除き、除災開運・家内安全・授福繁栄の神様だそうです。お寺なのに神様?? お堂が二つある!?など、今ひとつよく分かりませんでした。

Img_7580c_20200111185001  始まりは尾張国の豪族であった尾張氏が熱田社に神宮寺として建立したものとされます。弘仁年間(810~824年)に当地を訪れた空海がこの地に小宇を築いて、自ら彫った十一面観音像を安置したと伝わっています。宝暦7(1757)年に伽藍の大造営が行われましたが、明治24(1891)年の濃尾地震で全壊。明治40(1907)年に本堂が建て直されるなどしたものの、これらは昭和20(1945)年の名古屋大空襲によって焼失、戦後に再建されました。寺が開かれて多くの修行僧が集まった中に、一人の僧に姿を変えた秋葉三尺坊(あきばさんじゃくぼう)がおり、長年の修行を経て永享年間(1429~1441年)、ついに鎮防火燭の秘法を得たといいます。喜びのあまり本当の姿を見せた三尺坊は寺の守護を誓したと伝わり、これに由来して、秋葉三尺坊大権現や羽休の秋葉などの通称で呼ばれています。

Img_7590c  熱田神宮の神宮寺として建立されたと考えられていますから、神仏習合の1つなのですが、今の感覚からすると不思議なところ。お寺なのですが、神社みたいなところもあって、今ひとつよく分かりません。そこで、秋葉信仰について調べてみると、これは知ってはいましたが、とくに火難よけ(火伏せ)の信仰として全国的に分布しています。関東・中部地方に濃厚といいます。信仰の中心は遠州秋葉山で、各地の秋葉山はここから分祀したものです。秋葉山は、神仏習合に伴い修験(しゅげん)の霊場となりましたが、修験者の三尺坊は、観音の化身で火伏せの法に通じた天狗といわれ、越後国から飛来して秋葉山の鎮守となり、三尺坊大権現と称して、大登山秋葉寺に祀られたといいます。明治初期の神仏分離令で、秋葉神社と改称、独立し、秋葉寺は廃寺となったため三尺坊の像などを可睡斎(かすいさい:静岡県袋井市の寺、秋葉総本堂と称する曹洞宗の専門僧堂、修験道場)に移したのですが、現在も根強く信仰されているそうです。

Img_7591c  不思議な感覚を引きずったまま、熱田神宮へ向かいます。円通寺のすぐ北が熱田神宮。東門から境内へ。鳥居を潜る直前で7Img_7628c_20200111195101 ㎞。1月11日でしたが、まだ初詣客で大賑わい。参道にも「あけましておめでとうございます」の膜が掲げられ、正月気分満載。参道にも露店多数。縁日か、お祭りみたい。正月に神社にこんなに露店が出るなど、桑名などでは考えられません。

Img_7597c_20200116072301  年末に来たとき(20191215近鉄ハイキング「名古屋の繁華街に残る古墳めぐり」(予告編))、ある程度Img_7599c_20200111195101 見て周り、お参りもしたのですが、下調べを全くしなかったこともあって、コンプリートはしていません。この日は、初詣と、宝物館拝観を目的としてきましたので、それはまた別の機会に。まずは、本殿へお参り。当然ながら、ここも大賑わい。年末は拝殿前まで進めたのですが、この日は、拝殿前に特設の賽銭箱ならぬ、何というのでしょう、賽銭投入場。広場に白い布が敷いてあります。この光景、テレビでは見たことがありますが、この目で見るのは初めて。ちなみに、お札は少なかったように思います。

Img_7624c_20200111195101  お参りを済ませ、熱田神宮宝物館へ。校倉風鉄筋コンクリート造の建造物で、昭和41(1966)年12月に開館しています。皇200111 室をはじめ、将軍・藩主・一般の篤志家などから熱田神宮に寄進された資料約6,000点が収蔵されているといいます。国宝・重要文化財・愛知県文化財に指定されたものが177点もあります。また、熱田神宮に草薙神剣を奉斎することから、刀剣類はとくに多く、名刀の宝庫ともいわれています。元旦から1月28日まで「新春特別展 日本書紀の世界-熱田本日本書紀と共に-」という展覧会が開かれていて、これを見てきました。「熱田本日本書紀」は、日本書紀を書き写した書物として熱田神宮が所蔵している、十五巻本です。このすべてが公開されていました。南北朝時代の1377年に寄進されたものです。日本書紀の編纂事業を担った舎人親王の像や、江戸時代などに国学者らが研究した注釈書、日本書紀に出てくる場面を描いた日本画なども並び、展示品は全77点でした。日本画の中には、三重県朝日町出身の栗田真秀のものがあったり、同じく橘守部の書跡も出ていたりしました(これらは、朝日町歴史博物館などで見たことがあります)。

Img_7616c_20200116074201  内部は当然撮影禁止でしたが、玄関ロビーにあった「末乃青江(真柄太刀)(備中)」だけ撮って来ましImg_7626c_20200116181301 た。室町時代(15世紀)のもの。刃長221.5cmm、反り3.4cm、元巾4.5cm、重さ 刀身約4.5㎏という大きな太刀。通常の太刀の刃の長さの約3倍、重さは約5倍もあります。常人には扱えないと思うのですが、元亀元(1570)年6月の姉川合戦で戦死した朝倉側の勇士・真柄十郎左衛門所用と伝わります。真柄は身長が7尺(約210cm)あったといいます。天正4(1576)年8月に春日部熊野庄(春日井市熊野町)の山田甚八郎吉久が奉納したという記録があるそうです。いや、これを振り回せるとはスゴい。

Img_7610c  熱田神宮の神鶏、名古屋コーチンは、正月の人出に疲れたのか、参道脇でお休み中。最初に見たときには、一帯何だ?!と思ったくらい。この日見たのは、この1羽のみ。皆さん、そばによって写真を撮っていくのですが、「我関せず」という感じでした。

Img_7605c  これで熱田神宮での初詣も、宝物館拝観も無事終了。念のため、12月に食べ損ねた、境内にある宮きしめん神宮店を覗いたのでImg_7606c すが、年末に来た時以上の超長蛇の列(苦笑)。初詣期間中ですから、さもありなん。ということで、熱田神宮会館がやっている出店で売っていた宮きしめんを買ってきました。2種類ありましたが、しょうゆ味の三人前、出汁入り、半生を購入。¥1,080。同じところできよめ餅も売っていましたが、この日はパス。熱田神宮には12時10分頃着いて、13時10分まで滞在。

Img_7630c  帰りは、当初の予定通り、名鉄名古屋本線神宮前駅から電車に乗ることにしました。ここまででトータル8.4㎞を歩いてきました。改札口に着いたのは、13時13分。13時15分に新鵜沼行きの快速特急があり、それに乗車。名鉄名古屋駅には13時22分着。¥230。近鉄に乗り換え。13時41分の五十鈴川行き急行で、桑名到着は14時1分、¥450。

Img_7647c_20200111195101  ALKOOのデータ。19,415歩を歩きました。歩いた距離は、JRさわやかウォーキングで8.4㎞、自宅から桑Img_7651c 名駅往復が1.8㎞ですから、合計10.2㎞。新年初のウォーキングとしては、まあまあでしょう。

 

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2020年1月16日 (木)

ビンズイ再登場、ゴイサギコロニー復活か?【過去のゴイサギコロニーについて付記しました(1/17)】

Img_4693c  暖かい日が続いたので、よくわかりませんが、たぶんこの時期らしい寒さです。最低気温は0.8℃(7時32分)、最高気温は9.0℃ (15時41分)だそうです。風は弱いものの、終日曇天で寒いこと。時々書きますが、ソーラーパワーは偉大です。例のごとく、8時半からいつものコースを散歩というか、巡回というか(笑)。住吉神社、九華公園、貝塚公園と周り、アピタやら銀行やらにも行こうかと思ったのですが、寒いので京町、寺町商店街を回って帰宅。6.2㎞。アピタに行こうと思ったのは、赤目四十八滝名物の「へこきまんじゅう」を期間限定で出張販売しているからでした(19日まで)。テレビで見て、気になっているのです。

Img_7977c  相変わらず鳥は少ないのですが、今日は、九華公園で、久しぶりにというか、今シーズン2回目、ビンズイを見ました。鳥見好きの知人と「ビンズイや、ヤマガラを見ませんねぇ」と話した直後、登場というグッドタイミング。1羽だけ。昨年11月1日以来です(2019年11月1日:ヒドリガモとビンズイ登場……カワセミは接近遭遇したものの撮り逃がし)。

Img_7966c  もう一つのトピックスもありました。九華公園と桑名宗社(春日神社)の間にある中橋のところに、ゴイサギ、ホシゴイが集まっていました。ここは、以前、ゴイサギコロニーがあったところ(6~7年前。12~8年前にかけてでした。付記をご覧ください)。今朝、出会った知人が、「火曜日の昼前にたまたま通ったら、10羽以上のゴイサギがいた。昨日も10羽くらいいた」と教えてくださったのです。

Img_4734c_20200116172201  九華公園の北門前で話を聞いて、早速やってきたという次第。今日確認できたのは、ゴイサギ3羽と、ホシゴイ1羽。ここにゴイサギコロニーがImg_4740c_20200116172201 復活するか? と勝手に期待が高まります(微笑)。そういえば、今週に入ってから九華公園の鎮国守国神社の社務所裏にはゴイサギ、ホシゴイがいません。こちらに移ってきているのかもしれません。

Img_4698c_20200116172201  さて、揖斐川の様子。あちこちにカンムリカイツブリ。合計7~8羽くらい。そのほか、揖斐川や、十万山近く、揖斐・長良川の合流点あたりにキンクロハジロ。合わせて150羽かそれ以上。今シーズンは、よく見ます。河口堰には最近行っていませんが、住吉神社前から遠望すると、河口堰にはあまりカモがいないように見えます。

Img_4722c_20200116172201  三の丸公園の東端のソメイヨシノには、シメ。最近、ここでシメをよく見かけます。同じ個体かどうか、よくは分かりません。今日は、よく動き、枝の向こうにいましたので、なかなかよい写真が撮れず、証拠写真という感じ。

Img_7990c_20200116172301  九華公園、今日は、アオサギも、ゴイサギ、ホシゴイもいません。カモは、56羽。ハシビロガモのオスが4羽、メスも4羽、ホシハジロのオス1羽とキンクロハジロ。ヒドリガモは見当たりません。

Img_4770c  ユリカモメは、41羽。今日はえさをやる人がありましたし、堀に揖斐川から水が入っていましたので、忙しそう(微笑)。写真は、揖斐川からの導水口あたりに集まっているところ。川の水に載って、魚が入って来ますので、ユリカモメもダイビングすることが多いのですが、今日はあまりしてくれませんでした。

Img_4774c  それというのも、7~8羽がカワウも集まってきて漁をしImg_4788c ていたからのようです。運動能力が高いユリカモメも、体の大きいカワウには負けるようです。

Img_4794c_20200116172201 Img_7996c  ユリカモメ、カワウに見入ってしまい、30分くらい過ごしていました。さすがに足下から冷えてきます。10時を過ぎてしまい、鳥の姿もなくなりました。貝塚公園に行っても同様。カワラヒワ、ヒヨドリくらい。おとといはたくさんいたのに、ツグミは影も形もなし。シロハラも、この頃見ません。寺町から住吉入江に戻ってきて、ホシハジロとジョウビタキのメス(証拠写真)。

Img_7999c_20200116172301  午後からは、昨日の江戸橋での授業のQ&Aを書き終え、助手の先生にメールで送信。これで、今年度の授業関係も、来週の試験を残すだけ。やりたいこと、やるべきことは、市民大学郷土史学科「城と城下町」のまとめや、「勉強はじめ」で伺った大六先生のWISC-Ⅳの講演のまとめなどがあります。ボチボチと、着実に取り組まなければなりません(微笑)。

Img_7962c_20200116180401  オマケの話。桑名宗社(春日神社)の近く、江戸町に八百勇というお好み焼き屋さんがありました。過去形で書きましたが、一度行ってみたいと思っていたのですが、その機会のないまま、先日閉店したという情報がありました。今日、見てきたら、「都合により閉店しました」という貼り紙。残念。行きたいと思ったところは早めに行っておかないといけませんでした。

【過去のゴイサギコロニーについて(1/17)】

 過去記事をチェックし、中橋のところにあったゴイサギコロニーの状況を確認しました。

 その結果、私が見ていた範囲で、第1次ゴイサギコロニーは、2008~2012年にかけて存在していました。最初に気づいたのは、2008年12月9日でした(野鳥図鑑……本日の散歩の成果)。途中経過は、割愛しますが、2012年2月4日(モズとツグミ、そしてゴイサギが飛ぶ)以降は、ここにゴイサギやホシゴイが集まっている様子は確認できていません(もちろん、コンスタントにチェックしていたわけではありませんので、確認漏れという可能性も十分あります)。

 また、2017年4月の初めにも「ゴイサギコロニー復活か」という記事を書いていました(2017年4月6日:ゴイサギ・コロニー復活か?、2017年4月7日:ゴイサギ・コロニーと近所の桜……すっきりしない中、2回も散歩(笑))。このときは、2017年4月8日以降、中橋のところからゴイサギは姿を消してしまい(「美白スズメ」の巣作り、ゴイサギたちは2軒の家を使い分ける?……桜は、水鏡と、霧の中)、コロニーは結局復活しませんでした。繁殖期に入って、よそへ行った可能性が高いと思っています。

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2020年1月15日 (水)

江戸橋での授業も最終日、来週は筆記試験

Dscn2616c  雨は明け方にはもう降ってはおらず、日中は晴れました。しかし、北風が冷たい。暖かく感じる日が続きましたので、寒さが身にしみます(苦笑)。今日は、江戸橋での授業、14回目。授業は今日で終了し、来週は試験となります。授業最終日とあって、出席率も85%を越えました。「来週のテスト がんばる!!」というコメントもありましたが、しっかり準備してきてもらいたいと思っています。

Dscn2619c  今日は、出勤したとき、グラウンドにツグミが7~8羽いました。それもけっこう近いところに集まっていました。いるところにはいるのか、それとも出てくるようになったのかは分かりませんが、ちょっと感激。最近、Q&Aを説明して、その日の授業内容に入るとき、覚醒水準向上を狙って(?)、鳥の写真を見せてバードウォッチングの話を少しだけしていましたが、概して好評でした。これが楽しみで授業に来たとか、授業をきちんと聞けるようになったというコメントもあり、「いいのか?」と若干迷うところもありますが、それなりの効果はあり、さらには学生との距離は縮まったようです。授業が終わったとき、「センセイ、もう卒業ですから、一緒に写真を撮ってください」という学生あり、「鳥が見えたので、見てきま~す」という学生ありでした(微笑)。

Dscn2623c  さて、帰りは風が冷たかったものの、いつも通り、志登茂川で道草。四日市港潮汐表で見ると、満潮は9時25分、干潮は15時Dscn2641c 11分とちょうど間の時間。水量はかなり多かったものの、水鳥はそれなりにいました。もっとも多かったのは、オナガガモたち。右の写真は、右岸の堤防下の様子。数10羽のオナガガモ、ヒドリガモが上がってきていました。覗き込むと驚かせてしまい、カモたちは川へ逃げます。

Dscn2646c  オナガガモのオス。コンデジ(Nikon Coolpix S7000)の割に良く撮れたと自己満足(微笑)。右は、マガDscn2650c モ。マガモは数は多くはありませんが、対岸(左岸)の方にも見えました。

Dscn2644c  他には、ホシハジロや、ヒドリガモの姿もあります。寒かったのであまりDscn2660c じっくりとは見てきませんでしたが、ホシハジロはオスのみ。

Dscn2653c  対岸を見ると、ユリカモメや、セグロカモメの姿もありました。これは、いつもの散歩コースでのバードウォッチングよりも楽しめた感じです(微笑)。まったく何をしにいっているやら(苦笑)。

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20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(その3)……宮の渡し跡へ

200111jrwalkingsannou3  新春最初のJRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」の本編その3です。名古屋国際会議場、白鳥公園を過ぎて、いよいよ宮の渡し跡に向かっています。

Img_7402c  白鳥橋の下を潜って、堀川の右岸をさらに南下していきます。白鳥橋は国道1号線が堀川を渡るための橋。写Img_7405c_20200114062201 真、向かって左手が熱田神宮、右は桑名、四日市方面。白鳥橋を潜ると、右手(西側)に愛知時計電機があります。元は、明治時代中期に創業された掛時計メーカー。現在もその系譜を継ぐ社名ですが、実際には、精密計測機器類メーカーになっています。戦前から時計製造による技術・資本蓄積によって派生した機械、電機、化学部門などを擁し、さらには航空機とそのエンジン製造にまで携わった歴史があります。昭和初期には九六式艦上爆撃機九九式艦上爆撃機などを設計、製造しました。

 その愛知時計電機の敷地の東Img_7409c 側、堀川沿いの遊歩道に古い護岸が保存されています。これは、昭和8(1933)年に築造されたImg_7413c_20200114062801 護岸の一部です。この表面には、昭和20(1945)年6月9日の「熱田空襲」の際の爆撃でできたものだそうです。平成4(1992)年から「マイタウン・マイリバー整備事業」で新しい護岸が設置されたときに撤去されたものを保存しています。余談ですが、ここにはお地蔵様があったようですが、このJRさわやかウォーキングの前日から行方不明になったという掲示がありました。お地蔵様を持ち去るような、不心得者がいるのでしょうか。

Img_7422c_20200114063601 Img_7424c_20200114064001  スタートから5.4㎞のところで大瀬子橋を渡り、堀川の左岸側へ行きます。後で調べて分かったのですが、この橋を渡った左手にある大瀬子公園のところには、かつて熱田魚市場があったそうです。天正年間(1573年〜)には既に魚市場があり、織田信長の居城清須に魚介類を運んでいました。また、寛永年間(1624〜)尾張藩政のもとに、木之免、大瀬子に四戸ずつの問屋ができ、市場が開設されていたといいます。藩の保護により、遠国からも魚介が運び込まれ、毎日取引が行なわれました。ウ~ン、やはり予習をして行かないといけません(苦笑)。

Img_7417c  大瀬子橋の上流側の当たりには、ユリカモメや、セグロカモメが浮いていました。今日は、あちこちでバードウォッチングもできて、最高のウォーキングです(微笑)。写真手前はセグロカモメ。奥はユリカモメ。大きさの違いがよく分かります。

Img_7433c   大瀬子橋をわたって左手、マンションに接するように軻遇突智社軻遇突智(カグツチ)は火の神。これもImg_7434c 後から調べて分かったのですが、この一帯には秋葉社・軻遇突智社が合わせて5社あるといいますが、それにしても多い。今日のゴール受付があるのが、秋葉山円通寺。ここは、熱田神宮の神宮寺として建てられたといいます。円通寺から勧請して建てられたのかも知れません。この5社の他にも路地に入っていくと、小さな秋葉社の祠や、屋根神様もあるといいます。

Img_7440c  大瀬子浜公園という小さい公園を過ぎると、市バスのバス停。「七里の渡し」です。宮の渡Img_7442c_20200114072701 し跡はもうすぐそこ。なぜか入り口に冠木門。桑名の七里の渡し跡には、伊勢一の鳥居が立っています(これは、天明年間(1781~1789年)に東海道をまたぐように建てられたといいます)が、「久波奈名所図会」の「船場」の絵を見ても、門はありません。

Img_7453c_20200114180001  宮の渡し跡は、東海道五十三次のうち41番目の宿場である宮宿(みやしゅく、みやじゅく;宮の宿)にあった渡し場。スタートから5.7㎞、11時20分に到着。宮宿は、東海道にある宿場のなかでも最大級の規模でした。42番目の宿場である桑名宿(くわなしゅく、くわなじゅく)に行くには、船で海路を行かねばなりません。その距離が七里であったため「七里の渡し」と呼ばれていました。七里の渡しが始まったのは、元和2(1616)年といいます。満潮時には陸地沿いの航路を辿り、それは約7里(27㎞)でしたが、干潮時には沖を廻らねばならず、この場合は約10里(39㎞)でした。所要時間は、3時間から4時間と推定されています。渡し賃は、正徳元(1711)年の規定では乗合船一人当り45文(1,125円)であったといいます(換算にあたっては、1両=米180㎏=100,000円とみなし、「keisan 生活や実務に役立つ高精度計算サイト」によりました)。宮の渡し跡、今は、「宮の渡し公園」として整備され、時の鐘と、常夜燈が復元されています。

Img_7488c_20200114183401  時の鐘は、延宝4(1676)年に尾張藩2代藩主・徳川光友の命によって作られました。熱田の住民や、東海道をゆく旅人に時Img_7475c_20200114190801 刻を知らせる役目を担いました。江戸時代に使われていた鐘は、今も蔵福寺(熱田区神宮二丁目、浄土宗西山禅林寺派)に保管されています。昭和58年に宮の渡し公園内に復元され、ふたたび近隣住民や訪れた人に時間を知らせています。常夜灯は寛永2(1625)年、藩の家老にして犬山城主である成瀬正房が熱田須賀浦太子堂(聖徳寺(熱田区大瀬子町、浄土宗西山禅林寺派)の隣地に建立したものの、風害で破損。承応3(1654)年からは現在の位置に移り、神戸町の宝勝院に管理がゆだねられ、で宮の渡しの安全を見守る役となりました。しかし、寛政3(1791)年、またしても火事で焼失。同年、成瀬正典によって再建されたもののすぐに荒廃。昭和30(1955)年になってやっと当時とほぼ同じ位置に復元されました。

Img_7458c_20200111181001  宮の宿は、松尾芭蕉や、シーボルトにも縁があるということでした。松尾芭蕉は、旅の書紀に熱田をたびたび訪れ、林桐葉(はやしとうよう;熱田に住み、芭蕉の定宿の主人)の計らいで名古屋の門人たちと交流し、七里の渡しから船遊びであゆち潟を楽しみ、「熱田三歌仙」を残しています。説明板には以下の3句が書かれています:

この海に 草鞋捨てん 笠しぐれ(妙安寺石碑)

海暮れて 鴨の声 ほのかに白し(妙安寺石碑五・五・七)

なんとはなしに 何やらゆかし すみれ草(宮中学校石碑)

 シーボルトについては、次のような説明がありました。すなわち、名古屋の本草学者水谷豊文(ほうぶん)、その門下生伊藤圭介(けいすけ)、大河内存真(おおこうちぞんしん)らは、ドイツ人医師シーボルトが、文政9(1826)年2月オランダ使節に随行して江戸へ参府する際と、4月長崎への帰路、宮の宿で会見し、教えを受けたといいます。水谷らは名古屋の医学・植物学の研究に多大な貢献をしています。

Img_7460c  さて、宮の渡し跡から南をみると、このような景色です。すぐに海というイメージがあったのですが、名古屋港ガーデン埠頭Img_7513c あたりまで、4㎞弱ほど堀川の流れが続いているのです。70 0mほど先には、新幹線が通っていますし、さらにその南には名古屋高速や、国道23号線が通っているはず。

Img_7468c  また、ほぼ余談に近いのですが、宮の渡し跡にある桟橋には、ユリカモメがたくさんいましImg_7502c た。船を待っていました、というわけはありませんが(微笑)、ユリカモメが集まっていたのは、事実。宮の渡し跡では、15分かけてあちこち見て回り、海を眺め、堪能してきました。次は、七里の渡しを船で渡ってみたいものです。と思っています。

Img_7540c  上に書きましたように、宮の渡し跡は、今は宮の渡し公園として整備されています。堀川は、宮の渡し跡のところで南に向きImg_7538c を変えます。東南の方角には、新堀川。ただし、新堀川は、中区にある堀留水処理センターを起点として、精進川低地に沿って市内を南流し、南区明治にて堀川へと注いでいます。精進川(しょうじんがわ;昔、熱田神宮の神職が6月の名越の祓の際にこの川でみそぎをしたことからこの名が付けられたといわれます)は、かつて今池辺りを源流として、名古屋台地を流れていましたが、曲がりくねった川筋が洪水の原因ともなっていました。洪水の発生を防ぐとともに、船舶の航行と下水処理水の受け皿とするため、明治43(1910)年に現在の川筋に付け替えられ、新堀川という名称になりました。元の精進川は大正15(1926)年に埋め立てられ、消滅しています。

Img_7446c_20200115050501 Img_7550c_20200115050501  その3では、宮の渡し跡を見て、満足しましたので、ここまで。このあとは、内田橋北交差点を横断歩道橋で越え、伝馬町からゴールの秋葉山円通寺を目指します。その4に続きます。

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2020年1月14日 (火)

貝塚公園でツグミ4羽、真ん丸のジョビボールも……多度の八壺豆をいただきました、オマケにシラウオ丼の話

Img_4538c_20200114151401  3連休明け、まったくいつも通り(微笑)。朝一番に用事を一つ済ませたのが、例外。8時半から住吉神社、九華公園、貝塚公Img_7875c 園、内堀公園、京町、寺町商店街と5.6㎞を歩いてきました。朝方は曇っていましたが、9時くらいからは良く晴れてきました。今日もまだ大潮が続いているようで、揖斐川は左の写真のような様子。住吉入江も、昨日と同じくあふれそう。

Img_4530c  鳥がいないといけないと思って、保険をかける意味で(失礼ながら)、スズメたちを桑名七里の渡し公園にImg_4546c_20200114151901 て。スズメは、人家の近くにいて、身近な鳥なのですが、近寄ろうと思うと、割とすぐ逃げる鳥です。いろいろと撮ってみたいと思っているのですが、工夫が必要なようです。揖斐川には、カモはほとんど見えず、カンムリカイツブリが2~3羽。カモメが2羽ほど飛んでいました。

Img_4547c_20200114151901  九華公園、アオサギが1羽。ゴイサギとホシゴイは見当たらず。直前に出会った知人Yさんは、ゴイサギも2羽Img_7899c_20200114151901 いたとおっしゃったのですが、100%いるとは限りません。カモたち、今日は合計54羽と、やや少なくなりました。ハシビロガモのオス、メスが5羽ずつ、ホシハジロはオス、メス各1羽、ヒドリガモ(今日はいました!)はオス1羽、メス2羽で他はキンクロハジロ。

Img_4582c  ユリカモメは今日は活発に動き回り、カウントが難しかったのですが、一応31羽。今日は、揖斐川から水を入Img_4631c_20200114152801 れていたのですが、その導水口のあたりに集まって、漁をしていたのです。そのシーン、写真を撮ったのですが、ボツを量産(苦笑)。その他、奥平屋敷跡でシメがいたものの、枝かぶりの一からしか見えず、残念。

Img_7907c_20200114151901  九華公園の外周遊歩道東では、ジョビボール。オスのジョウビタキが本当に真ん丸に。

Img_7911c  貝塚公園では驚くべきことが! 昨日まで、全く見かけなかったツグミを4羽も確認したんImg_4663c_20200114153001 です。いや、ビックリ。やはり、いないと思っても、きちんと現地に出かけて確認しないといけません。バードウォッチングも、ウォーキング/ハイキングも、現地・現物主義でいかねば(笑)。

Img_7932c  ところで、今日は散歩友達のAさんから、多度土産をいただきました。昨日、多度大社に初詣にいらしたそうです。八壺豆(やつぼまめ;または多度豆)という、昔ながらのお菓子。大豆を煎ってから、砂糖を溶かして作った蜜、きな粉を交互に何度もまぶしてあります。「開運写真4点セット」のお礼だそうです(微笑)。ちなみに、八壺豆という名前は、多度山の八壺渓谷に由来し、八壺渓谷にある、みそぎ滝のしぶきをかたどったものとされています。先日、高田本山専修寺でも「桜おこし」を買ってきましたが、お土産はやはり、昔ながらの、地元でつくっているものがベストです。

Img_4577c_20200114154001  さて、明日は、江戸橋での授業、第14回目。授業は明日で終了し、来週は定期試験となります。今年度は、初めて後期も授業に行き、1年間(といっても実質は、9ヶ月弱)通うことになったワケですが、何とか無事に終えられそうです。

200112sirauo 【オマケのシラウオ丼の話】 シラウオ漁が1月5日に解禁になっています。ただし、私はまだその様子は見ていません。1月12日の中日新聞北勢版に、シラウオ漁の解禁を受けて、はまぐりプラザの食堂はまかぜでシラウオ丼の販売が始まったというニュースが載っていました。ハマグリの吸い物か、シジミの味噌汁がついて¥1,500。今のところ漁は順調ということですが、3月初旬までの時期限定のメニューですし、日によっては営業時間内に提供を終えることもあるということです。以前、一度だけ食べたことがあります(2015年2月 5日:はまぐりプラザでしらうお丼を食し、ユリカモメを堪能……カンムリカイツブリ、今日も登場)。

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20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(その2)……引き続き堀川沿いを下り、名古屋国際会議場、白鳥公園へ

200111jrwalkingsannou2  その1では、堀川橋梁まで来ました。JR東海道線・中央線、名鉄名古屋本線の3路線が堀川を渡る橋ですが、その橋脚などには明治のものが使われています。堀川橋梁を過ぎた当たりから、実測ルートマップはその2。上部右手にあるのは、金山総合駅(メニューで隠れてしまいました)。このマップその2には、引き続き、堀川沿いを南下し、旗屋橋を渡って名古屋国際会議場までの範囲が含まれます。

Img_7282c_20200113142501  スタートから2.1㎞のところにある尾頭(おとう)橋。「尾頭」という地名は、ここが熱田台地の尾根筋と尾張平野の南部を結ぶ接点で、長い坂道が鵜の首のようであったため、「烏頭(うとう)の里」と呼ばれていたものが、中世初期に「尾頭」に変化したという説があるそうです(諸説あります。こちら)。尾頭橋は、佐屋街道の橋としてかけられました。佐屋街道は寛永11(1634)年、3代将軍徳川家光公が通られた際に本格的に整備された街道で、東海道・七里の渡しを避ける脇往還(いわばバイパス)です。大正期の尾頭橋には、八幡園と呼ばれる花街もあったそうですが、昭和20年代後半から衰退してしまいました。

Img_7287c_20200113144501  こちらは、2.3㎞地点、八熊(やぐま)通にかかる住吉橋。わざわざ通りの名前を書いたのは、この通りは昔のImg_7295c 勤務先近くに通じているからです。珍しい意匠だなと思ったら、昭和12(1937)年のもの。名古屋では珍しいラーメン橋台橋だそうです(ラーメンはドイツ語で、英語ではRigid frame bridgeだそうです)。三連アーチに見える外観はとても美しいと思います。このデザインは、関東大震災後の復興橋梁の標準形式としてよく採用されたといいます。親柱もなかなかよい感じです。

 続いて、瓶屋(かめや)橋。スタートからImg_7299c 2.7㎞のところ。こちらは、かなり新しい感じですが、ネット検索では情報はとくに出て来ません。堀川が開削されたころからあった「堀川七橋(ほりかわななはし)」は、上流から五条橋、中橋、伝馬橋、納屋橋、日置橋、古渡橋、尾頭橋でした。それより下流には橋はなく、今の白鳥橋や大瀬子橋あたりにあった渡し船を利用したといいます。

Img_7305c  名古屋国際会議場が近づいてきました。その手前にある旗屋橋を渡ります。地下鉄西高蔵駅から名古屋国際会議場へ行くにはこの橋を渡ります。珍しい地名ですが、5世紀後半に呉から2人の織女がやってきて、そのうちの1人が熱田神宮に留まったことが起源とされていて、機屋あるいは幡屋から変化したと考えられています。

Img_7311c_20200111175301  この橋のところで、「名鉄のハイキング×さわやかウォーキング 2020.1.11共同開催記念」のカードがImg_7313c_20200111175301 配布されました。裏に番号が記されていて、名鉄のハイキングのゴール受付で抽選会があるのです。「ルート外を歩くと、ナンバーカードを配布できません」という注意書きがコースマップにありました。

Img_7317c  名古屋国際会議場には10時半に到着。スタートからは3.3㎞。ここは、学会や研究会で何度も来ました。前Img_7327c_20200111175601 職の時代には、ここのセンチュリーホールが入学式・卒業式の会場でした。さらにプライベートでは、ポンキッキや、ユーミンなどのコンサートでもたびたび来ています。

Img_7331c_20200111175601  最近は訪れる機会もなく、ちょっと懐かしかったので、中に入ってロビーあたりを一回り。せっかくだからと一休みもしてきました(微笑)。ちなみに、「あいち・なごや生物多様性EXPO」はスルー(苦笑)(当日の午後からイベントが行われ、さかなクンとかが来たようです)。前職の時代、大学の評議員をしていた時期がありました。評議員は、入学式・卒業式には必ず出席し、舞台の上の指定席に着席させられました。決して好き好んでではありません、セレモニーは大嫌いなのです(笑)。あくまでも立場上の役割、義務としてです。その頃は、冗談半分に「いらないことや、居眠りをしないで、おとなしく座っているのが仕事」といっていました。懐かしい思い出(微笑)。

Img_7336c_20200113184501  名古屋国際会議場1号館の南側にスフォルツァ騎馬像があります。スフォルツァ騎馬像は、レオナルド・ダ・ヴィンチが製作に着手したものの、未完成に終わった騎馬像です。製作が中断したため現物は存在しないものの、平成元(1989)年に世界デザイン博覧会での展示を目指して、復元が試みられました。昭和42(1967)年にマドリードで発見された手稿やデッサンを元に全高2メートルの粘土像を製作し、その像をコンピュータで拡大したものを製作することになったのですが、ブロンズで製作した場合には脚部が重量に耐えられないことが判明し、材質を繊維強化プラスチック(FRP)に変更した上で完成しました。完成寸法は、全高8.3m・幅3.6m・全長8.8m。世界デザイン博の創造工房東海銀行館に展示され、博覧会の終了後に東海銀行から名古屋国際会議場に寄贈されました。南を向いていますから、建物の中からは後ろ姿になります。

Img_7351c  名古屋国際会議場を過ぎると、白鳥公園。国際会議場とその南あたりは、昔は貯木場(白鳥貯木場)と国鉄白鳥駅でした。平Img_7395c 成元(1989)年のデザイン博の時はその会場となっています。昭和58(1983)年から平成3(1991)年までかけて整備した白鳥庭園が、この公園の中心です。白鳥庭園は、去年9月のJRさわやかウォーキングで訪ねましたので(20190928JRさわやかウォーキング「名古屋の二大庭園とてづくり朝市を訪ねて」へ(予告編))、今回は、パス。

Img_7386c Img_7375c  貯木場の跡は、現在、「太夫堀」のところだけが、池として残っています(上左の写真)。ここには、ユリカモメやカモなどの水鳥が来ているだろうと期待して歩いてきました。白鳥貯木場は、江戸時代初頭の慶長10(1610)年に名古屋城築城のため設けられた材木置場が起源とされています。福島正則が、堀川沿いの白鳥地内に大池を掘らせ、これを太夫堀と呼んだと伝えられていて、これが初の木材置場となったといいます。福島正則の通称は、左衛門大夫だったそうですから、この名前は納得。

Img_7353c_20200111180701 Img_7379c  話が逸れました。太夫堀では期待通り、ユリカモメがフェンスに並んでいました。通り過ぎてから振り返って見ると、餌をやる人があったようで、乱舞シーンも見えました。

Img_7368c  さらに、南側のエリアには、多数のカモ。キンクロハジロがほとんどでしたが、ホシハジロや、ハシビロガモもいましたし、カルガモの姿もありました。この日も、ウォーキングとバードウォッチングの両方が楽しめ、一石二鳥というか、一粒で二度美味しいというか(微笑)。

Img_7399c  このあたりから東を見ますと、白鳥御陵(白鳥古墳)も見えます。12月15日の近鉄ハイキング「名古屋の繁華街に残る古墳めぐり」で訪ねました(20191215近鉄ハイキング「名古屋の繁華街に残る古墳めぐり」(予告編))。6世紀初頭に築造されたと考えられている前方後円墳です。熱田神宮社伝では、日本武尊の陵としています。これは、能褒野に葬られてのち白鳥となった日本武尊が当地に降り立ったという伝承に基づいています。

200111jrwalkingsannou3  実測ルートマップがその3の範囲に入っていました。宮の渡し跡、熱田神宮なども近づいてきています。この先、白鳥橋の下を潜って、さらに堀川沿いを南下して、宮の渡し跡(マップでは、七里の渡し跡とあります)に向かいます。その3へ続く。

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