2019年11月13日 (水)

今日もまた帰りに道草(微笑)

Dscn2049c  11月13日、時々書きますが、早くも11月中旬に突入という感じです。水曜日ですから、江戸橋にて非常勤の講義の日ですが、Dscn1986c お陰様で、本日も晴天なり(微笑)。雨男だったということはないと思うのですが、前期の初めの2回くらいを除いて、雨には降られていません。昨日も書きましたが、最終日の筆記試験を除くと、7回目で折り返し点です。これからは次第に寒くなりますので、体調管理に気をつけて役割を果たさねばなりません。今日は、「親密な人間関係」がテーマ。恋愛に関わるような話も多々あって、出席票のコメント、感想は気合いが入っていました(微笑)。ただ、ごく一部、資料をつけ忘れたりしており、要注意であります。

Dscn1988c  さて、毎回立ち寄ってくると、これはもう「道草」とはいえないような気もしますが、今日もまた帰りに志登Dscn1989c 茂川へ行って、鳥を見てきました。通勤途中におぼろタオルという、歴史のあるタオル製造販売会社があります。その工場の南の路地を入って行くのです。

Dscn1992c  路地の先、志登茂川です。四日市港潮汐表によれば、今日は12時12分が干潮Dscn1995c でした。ということは、ちょうど潮が引ききった頃。川も、ご覧のように、干潟の状態。予め調べたわけではなかったものの、グッドタイミングでした。

Dscn1993c  志登茂川に出たところで、対岸にアオサギさんを発見。これはなかなか幸先Dscn2010c がいいと喜んだのですが、渡しの立っている右岸側の近いところには、鳥は見当たりません。遠くには、貝でも捕っていると思われる方がお二人。

Dscn2002c  よくよく見ると、上流側にダイサギや、アオサギ、さらに別の白いサギの姿も見えます。左手前にいるアオサギのずっと向こうに墓もらしき姿もあります。しかし、カルガモか?と思えるだけで、種類の特定はちょっと難しい。

Dscn2009c  さらに手前を見てみたら、これは、マガモと、オナガガモらしき姿があります。それぞれ近Dscn2000c くには、メスと思われるかもが、川面に顔を突っ込んでいます。けっこういろいろといるようですが、マガモ、オナガガモと分かったのは、帰宅してパソコンの画面で見てから。果たして、これでバードウォッチングをしてきたといえるのでしょうか? はなはだ疑問(苦笑)。

Dscn2013c  さらに、路地から出たあたりで対岸を目を凝らして探すと、カモが泳いでいるのが見えます。ヒドリガモが数羽いるのは、肉眼で分かりました。ヒドリガモの前に(左側に)いるのは、オナガガモでした。我が家あたりですと、町屋川にやって来ます。やはり、ここはなかなかのバードウォッチングスポットといえます。

Dscn2023c  下流側の対岸(左岸)には、もっと小さい水鳥たちの姿が10羽ほど。泳いでいるようにも見えたのですが、Dscn2032c シギの仲間(笑)でした。さて、何シギ? イソシギよりは大きそうですし、嘴はやや長くて、少し湾曲しているようです。

Dscn2020c  このほか、確認できたのは、カルガモ。駅に向かう途中、下流方向から飛Dscn2037c んできたのは、セグロカモメでした。肉眼ではもっと大きく見えたのですが、コンデジ(Nikonのcollpix s7000)の広角側で撮ったら、右のような写真。

Dscn2042c  他にもセグロカモメと思われる鳥さんがいました。しかし、肉眼でなかなか確認できないというのでは、上にも書きましたが、本当にバードウォッチングをしてきた?? 助手の先生からは、「ずーむかめらはもっていらっしゃらなかったのですか?」と突っ込まれました(微笑)。「バードウォッチングのついでに授業に来ていると思われるといけませんから」とお答えしておきましたが……。

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2019年11月12日 (火)

モズとキセキレイ……九華公園のユリカモメはまだ、私は見られません

Img_8319c  風は4~5m/s吹いているのに、気温が上がりましたので、歩いてくると汗ばみました。冒頭の写真は、帰ってきた11時頃の北の空。多度山から雲が流れるように見える、風の向きと強さ。これは冬の空のパターン。ということは、たぶん西高東低の気圧配置の時、こうなると思います。今日は、朝一番の用事を済ませ、8時半過ぎから、いつものように、住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町と6.1㎞。

Img_8255c_20191112141201  揖斐長良川の中洲、住吉神社の東のあたりには、秋から春先にかけてアオサギやダイサギが集まるのですが、今年はまだほとんど姿が見えませんでした。今日、ようやくアオサギが1羽降りてくるのが見えました。早くいつもの光景が見られるようになってほしいもの。揖斐川、今日はカワウが浮いているのと、遠くをカモメの仲間が通過していったくらいで、カンムリカイツブリの姿はありません。

Img_8257c  三の丸公園では、久しぶりにモズ。写真を撮ろうとしたら、蟠龍櫓の鬼瓦に移動。こんなところにいるのは珍しい。余談ですImg_9174c_20191112142501 が、昨日の市民大学講座で聞いたお話。蟠龍櫓の寸法は、「桑名城正保城絵図」に付属した実測図によると、4間×6間の大きさです。現在の蟠龍櫓は、水門総合管理所で、外観が当時のものに復元されているのですが、その大きさも、4間×6間(約7.3m×10.9m)で復元してあるそうです。建物は、当時も2階建てです。右の写真は、今年3月31日のもの。

Img_9847c_20191112141201  九華公園到着は9時。お出迎えは、いつも通り、ヒヨドリの鳴き声と、アオサギさん。ホシゴイが一瞬チラッと見えたものの、葉っぱの陰に移動してしまい、分からなくなりました。判断が二転三転しますが、やはりいるのに、見つけられないという可能性が高いと思えます。

Img_8305c_20191112141301  今日のカモたちの数は84羽。少し増えたといってよいのか、誤差範囲なのか(昨日は81羽)。二の丸堀、吉Img_9896c 之丸堀とも、東西に分かれています(ちなみに、堀の名前は、江戸時代の絵図にはありません)。もっとも元気に泳ぎ回っているのは、ハシビロガモたち。今日は、オス5羽、メス2羽(右の写真は、オス)。

Img_8280c Img_8283c_20191112141201  ヒドリガモは、あいかわらず、オス1羽とメス2羽。先だっても「どういう関係?」と書きましたが、不明。ペアと、もう1羽メスがいるのだろうとは思うものの、確かめる術がありません。たいてい3羽が行動を共にしています。ハシビロガモに比べると、ゆったり泳ぎ回っています。

Img_9891c_20191112141301  その他は、ホシハジロ。今日は、メスだけが4羽。オスの姿は見当たりませんでした。そのメスのうち、1羽が羽ばたきを見Img_8293c せてくれました。身繕いをした後や、他のカモと接触するなどトラブったあとによく見られる行動です。オオバンは、今日も1羽がやって来ています。カモの中に混じっていたり、単独行動をしていたりですが、カモに混じっていても、他のカモたちは気にしないようです。ユリカモメは私が行く前には、たくさんいたという話ですが、私自身はまだ見ていません。

Img_8266c_20191112141201  朝日丸跡で、久しぶりにキセキレイを発見。この1ヶ月近く、時々見かけます。管理人のKさんによれば、昨日は午後から、たびたびカワセミを見かけたそうです。今年4月から勤務していらっしゃるのですが、「カワセミ、さすがに綺麗だねぇ」と感心しきり。私は、Kさんもバードウォッチングの仲間に引き入れようと企んでいます(微笑)。

Img_8311c_20191112143801  貝塚公園に回ったのはもう10時過ぎで、ヒヨドリが少しいただけで静かでした。10時を回る頃には、鳥たちImg_8309c_20191112141301 やたぶん休憩タイム。本来のバードウォッチングからいえば、鳥たちが動き始める夜明けころから見に行くとよいのでしょうが、それはなかなか難しい相談。そうそう、貝塚公園に行く前に、作業所に立ち寄って、多度みかん1袋をゲットしてきました。今年初。¥350。スタッフの方に伺ったら、「今年は裏年で、収穫量はあまり多くないが、甘いです」ということでしたから、期待しています。今日のところは、お試しですが、まだ食べていません。

Img_8243c_20191112141201  ところで、拙宅近くの桑名七里の渡し公園の工事。少し進んできたようで、住吉ポンプ場のImg_8245c_20191112141201 東の通路に工事エリアが広がってきて、遊歩道が少し狭くなっています。まだ整地作業や、穴を掘って何かをつくっている最中で、目だった進展はありません。

Img_8315c  明日は、水曜日で江戸橋の日。明日で7回目となり、最終日の試験を除けば、折り返し点に達します。昼は好天のようで、ありがたいことです。好天ということは、すなわち、道草日和でもあるということです(微笑)。

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2019年11月11日 (月)

ツグミちゃん到着、九華公園のカモは81羽。

Img_8145c  朝のうちと、午後、一時雨でしたが、それ以外は晴れ間はあるものの、曇天がちという1日でした。ちょっと忙しい天気で、あまり陽が当たりませんので、勢いが出ません。最高気温も17.3℃止まり。8時20分から11時前にかけて、散歩して来ましたが、またもやしゃべりすぎて、コースを短縮(苦笑)。住吉神社、九華公園から京町、寺町商店街と4.6㎞。

Img_8214c  今日のハイライトは、こちら。ツグミちゃんです。いよいよ登場というか、去年は11月14日でしたから少し早い登場(2018年11月14日:ツグミ、ユリカモメが九華公園に登場)。ちなみに、ユリカモメは、私が九華公園に着く前に、公園内の野球場のフェンスにいたという情報がありますし、時々見かけたという方もありました。ということは、私が見ていないだけ(苦笑)?

Img_8154c  話を戻して、揖斐川沿い。今日も、カンムリカイツブリが3羽。左のものは、失敗写真なのですが、あまりにもタイミングよくImg_8161c 撮れていましたので、敢えて載せてみました。カンムリカイツブリが、揖斐川右岸近くにいたので、写真を撮ったらシャッターが切れるのが若干遅れ、こんな風(今日は、雨が降るといけないと思い、超望遠コンデジのみ持参)。その後、三の丸水門あたりで撮ったのが右の写真。

Img_8172c  九華公園もこれという鳥はいませんでした。しかし、例の、あの方は今日も御出座(^_^) そう、アオサギさんです。が、テンションが上がらないのか、こんな感じ。声をかけても、このまま(苦笑)。声をかけると、お休み中でも顔を上げることがあるのですが……。

Img_8191c  カモたち、今日は、今シーズン最多の81羽。ヒドリガモのオス1羽、メス2羽、ホシハジロはオス、メスとも2Img_8198c 羽ずつ、ハシビロガモはオス5羽、メス4羽。残りはキンクロハジロ。オオバンは、柿安コミュニティパーク西の堀に1羽。

Img_8181c  こちら、左の写真はホシハジロのオス2羽、右は、ハシビロガモのオス。Img_8186c_20191111190201 ハシビロガモは、渡ってきてすぐは、エクリプスで、あまりきれいでないですが、こちらはませたオスかも(苦笑)。

Img_8224c_20191111190201  ところで、しゃべりすぎたのは、久しぶりにお目にかかった、前管理人Oさんとでした。Oさん、「桑名お宮めぐり」に力を入れておられたのですが、トップでゴールイン。早すぎて達成記念の記念品が、事務局に届くImg_8227c_20191111190201 よりも早くに「全部回って来た」といらっしゃったそうです。先週土曜から2週間が、最終の長島地区の宮めぐりなのですが、土曜日の午前中にはすべて回り終えて、事務局の鎮国守国神社に「達成」の朱印をもらいに行かれたそうなのです。Oさん、DIYの名人であるだけでなく、地元の地理にも精通した方。最短で行けるコースを工夫して、4地区に分けられたコースを、たぶん、実時間で2日で回りきられたと思います。今日は、自らがゲットされた御朱印のカラーコピーを元に、ご覧のようなボードを作って、鎮国守国神社に掲示にいらしたのです。

Img_8232c  この写真で右下にあるのが、「達成」の朱印。これは、すべて回ってから、鎮国守国神社にいらっしゃるといただけるとのこと。「mamekichi先生、このあとすることがないけど、何かないか?」と尋ねられました。九華公園の管理システム、管理会社が変わってからは、パネル展示も難しくなっているのです。

Dsc1976c  ところで、午後からは、市民大学郷土史学科の講座の6回目。今年のテーマは、「城と城下町」。地元の桑名Dscn1979c 城に関わるお話を聞いています。今日は、桑名城の御殿、茶屋などについて。桑名藩は、本多→久松松平→奥平松平→久松松平と藩主が変わったこともあり、また、空襲で市街地が焼けたこともあり、残っている資料は必ずしも十分ではありません。しかし、講師の先生のお話からは、私自身が今まで知らなかったことや、資料の見方が十分でなかったり、よく分かっていなかったりした多くの点について知ることができ、楽しい時間を過ごせています。

Dscn1981c  いよいよ次回が最終回(7回目)になるのですが、7回中6回以上出席すると、修了証書がいただける条件を満たします。今日まで皆出席ですから、今年も修了証書がいただけることになりました。最後も出席して、コンプリートを目指しましょう。

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2019年11月10日 (日)

20191110JRさわやかウォーキング「晩秋の田園風景と伊勢本街道を訪ね、『おいないまつり』で多気の文化と食を楽しもう!」へ(予告編)

191110jrwalkingtakimap 今日もまた絶好の行楽日和、ウォーキング日和でした。昨日の近鉄ハイキングに続いて、今日は、JRさわやかウォーキングへ。JR紀勢線・多気駅で行われた「晩秋の田園風景と伊勢本街道を訪ね、『おいないまつり』で多気の文化と食を楽しもう!」に参加してきました。多気駅をスタート・ゴールとして、多気町内約9.7㎞を歩くコース。途中、2回に分けて伊勢本街道を歩きますし、倭姫命ゆかりの相鹿上神社や、伊勢本街道・相可の道標などをみてまわり、おいないまつりにも立ち寄るというコース。私としては、昨日も書きましたが、このウォーキングに参加して行動範囲を広げたいのと、JRさわやかウォーキングのスタンプが10個を達成し、賞品がもらえるというモチベーションもありました(微笑)。動機が不純であったかも知れませんが、好天の中、なかなか面白いコースでしたし、おいないまつり会場で相可高校食物調理科の生徒さんがつくった「まご弁」をゲットできたのもうれしかったのです(先日、氏郷まつりでは(20191103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ(完)【付記(11/4)中日新聞の記事を載せました】)、販売時間前で買えず、とても残念だったのです)。

Img_7484c  今日は、多気駅で8時半から11時の受付。電車の時刻、運賃をいろいろと調べ、結局、松阪までは近鉄名古屋線で行き、松阪でImg_7506c JR紀勢線に乗り換えることにしました。桑名を7時52分に出る宇治山田行き急行に乗車。松阪には8時54分に到着。JR紀勢線の伊勢市行き普通電車が、9時24分にありました。松阪から多気までは2駅、¥200。9時35分着。途中の停車駅は徳和。徳和駅は、この10月27日の伊勢参りの近鉄ハイキングですぐそばを通っています(20191027近鉄ハイキング「昔も今もお伊勢参り~旅10日目~伊勢街道、旅人気分で松阪から王朝ロマンをたどる斎宮跡へ」(予告編))。

Img_7536c  コースマップを受け取り、9時40分にスタートします。多気駅は、JR紀勢線と参宮線が分岐する駅で、快速みえや、特急南紀もImg_7533c 停車します。明治26(1893)年12月に参宮鉄道が津駅~宮川駅間で開通した時に相可駅(初代)として開業しています。紀勢線は、大正12(1923)年3月に、紀勢東線が栃原駅まで開通し、相可駅(2代目)が開業したことにより、相可口駅に改称。さらに、昭和34(1959)年7月、多気駅に改称しています。

Img_8114c  紀勢本線は、三重県亀山市の亀山駅から和歌山県新宮市の新宮駅を経て同県和歌山市の和歌山市駅に至る鉄Img_8107c 道路線ですが、全通したのは、昭和34(1959)年でした。したがって、今年が全通60周年です。ゴールしたとき、その記念絵はがきをいただきました(右の写真)。

191110jrwalkingtaki  こちらは、今日、実際に歩いたルート。多気駅から南へ1㎞ほど進み、そこから1㎞あまり伊勢本街道を歩きます。その後、六角堂やおいないまつり会場に立ち寄り、北へ。相鹿上神社を経て、伊勢本街道・相可の道標からまたしばらく伊勢本街道を歩き、櫛田川に沿って進み、相生神社から多気駅に戻ります。10.5㎞でした。

Img_7544c_20191110200001  多気駅を出て500mあたり。あたりは田園風景。1㎞ほどのところで、伊勢本街道に入ります。伊勢本街道は、大和と伊勢をImg_7565c_20191110200601 結ぶ最短コースであり、多数の参拝客が往来したことを伝える街道遺産が残された歴史ある交流の道です。三輪山(奈良県桜井市)から斎宮(三重県明和町)、伊勢神宮を結んでいます(そもそものスタートは、大阪・玉造稲荷神社)。右は、スタートから1㎞地点。ここから伊勢本街道に入り、奈良方向に歩きます。

Img_7576c  スタートから1.5㎞の手前に常夜燈。高さ2.8mと大きめ。天保15(1844)年に建立。正面に「常夜燈」、Img_7593c 西面には「天保十五年辰五月日」、裏に「石工根来宗和」と刻まれています。そのすぐ先にあるのが、商家大好庵村林家(右の写真)。白壁・荒格子の商家で、近世、江戸で大きな富を蓄えた金粒丸(きんりゅうがん)の大好庵(だいこうあん)があったところ。ここは江戸時代、「金粒丸」という薬を製造販売していました。参宮土産に大人気だったそうです。伊勢朝熊の「万金丹(まんきんたん)」と同じく、胃腸、腹痛など万病に効くという丸薬でした。大好庵は、寛永年間に江戸芝神明町に薬店大好庵を出し、明治時代末まで反映したそうです。

Img_7607c  後にこの村林家から譲り受けた金粒丸を販売したのが、西村家。大好庵から100mあまり西にあります。西村家の前には、今も当時の立派な看板が残っていて、多気町の文化財になっています。高さ197㎝、幅58㎝で、「本家勢州神山薬師前いけへ 村 御免きんりうくはん 江戸芝神明町分家之外無類大好庵店」と刻まれています。

Img_7616c_20191110202101  この先スタートから2㎞を過ぎ、池上橋のところで伊勢本街道とは別れを告げ、南西へ。松Img_7644c 阪多気バイパスに向かいます。長い登り坂の先には、工場地帯があります。シャープ三重工場の他、たくさんの大きな工場が集まっています。多気町は、農業や、松阪牛の肥育の他、多数の企業を誘致して栄えているのです。松阪多気バイパスの荒蒔交差点でスタートから3.3㎞、10時20分。

Img_7661c_20191110202701  ここから多気町役場に向かいます。松阪多気バイパスの相可1区交差点で右折すると、じきに役場あたりにでます。ここでImg_7683c_20191110202701 は、まずは六角堂を見学。多気町役場駐車場の一角に昭和53(1978)年に移築されています。大正4(1915)年頃、大正天皇の即位を記念して建てられたもので、旧多気郡役場。物産棟などとして使われたそうです。平面は正方形の正面両隅を隅切した変則六角形。内部は見られませんでしたが、一室で格天井となっているといいます。正面に切妻造玄関を張出し、懸魚を吊り、屋根頂部の飾り瓦は「紀念館」と刻む露盤に獅子を載せてあるという、独特な形式の建物です。多気町で初めての国登録有形文化財。

Img_7678c  こちらが屋根頂部分の飾り瓦。なかなかユニーク。上述のように、「祈念館」と刻んでありました。

Img_7700c  このとなりでおいないまつりが行われていました。地域興しのイベントとして多気町が開催しています。特Img_7716c_20191110203501 産物の販売、ステージショー、また、辺り一帯で「おたコス11(おいないTakiコスプレ祭り)も行われていて、コスプレーヤーたちもたくさん歩いていました。右は、三重とこわか国体・三重とこわか大会マスコットキャラクター「とこまる」によるステージショーの模様。

Img_7710c  せっかく来たからと思って、会場を一回りしていたら、とてもよいことがありました(微笑)。それがこのImg_8010c 写真。県立相可高校食物調理科の生徒さんのマルシェです。初めの方に書きましたが、先日の松阪の氏郷まつりの時にもブースが出ていたのですが、「まご弁」が発売時間前で買えなかったのです。「これは!」と思い、リベンジ。¥600なりでゲットしてきました。おいないまつり会場を出たのが10時50分、5㎞の手前。弁当にはまだ早いので、この先、神社ででも食べることにします。

Img_7726c_20191110204401  会場からは北へ。相可のまち並みへと進んでいきます。相可駅の西を過ぎて、ほぼ6㎞で相鹿上神社(おおかがみじんじゃ)Img_7743c に到着。御鎮座の時期は不詳ですが、延喜式神名帳に載っている、いわゆる式内社ですので、今から1,100年以上前に創始されたと考えられます。上代から平安時代にかけ、大鹿首(おほかのおびと=相可の地名の由来)という氏族が支配していました。大鹿氏は朝廷の祭祀を司る中臣氏(後の藤原氏)と同族で、自分の祖神である天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祭神とする神社を建立したものが、相鹿上神社と呼ばれ、このあたりの氏神様になってきたと思われます。

Img_7748c  西側の参道にある鳥居の脇には、このような看板がありました。主祭神である天児屋根命は、天照大神が天の岩戸にお隠れになったとき、大御神のお出ましを願うためにその心を和ませる祝詞を奏上した神様です。そこから、この神社では、天児屋根命を文筆の神様で、文章力、演出力、字などの上達や、学業成就の御神徳があるとしています。これは、お参りしなくっちゃ(微笑)。

Img_7769c_20191110204501  御祭神は、天児屋根命の他、大彦命、伊邪那岐命、天忍穂耳命など25柱(不詳5柱を含む)。ここも、明治に合祀をしたようImg_7785c_20191110205601 でたくさんの神様がいらっしゃいます。また「里人傳 倭姫命御巡行遺跡」と刻まれた石碑もありました。当地に鎮座していた伊蘇上神社を、倭姫命による皇大神の伊勢御遷幸に登場する磯宮・伊蘓宮とする説があるためのようです。

Img_7804c  相鹿上神社の西、100mほどのところに「西村廣休宅趾ノふう樹」があります。フウはマンサク科の落葉高木で、日本に自生地はなく台湾や中国西南部に主に分布し、原産地では樹高30m程に成長するといいます。この木もかなりの高さがありました。西村廣休(1816~1889)は江戸時代、多気町相可において両替商を営むかたわら、宅地内に二千種に近い植物を育てており(ここがその跡地)、このフウ樹も彼の植物園にあった樹木の一つで、彼を記念するものです。彼は、博物学に関する書物も著しています。

 Img_7814c_20191110210301 「西村廣休宅趾ノふう樹」の先で再び伊勢本街道に出ます。そこに、相可の道標があります。向かって左のImg_7826c 石柱がそれです。高さ1.5m、幅22㎝。「伊勢本街道」「すぐならはせ道」「右くまのみち」「文久三癸亥十一月建之」と刻まれています。向かって右の道標は、道の向かい側にあったものが、破損したため修復してここに移設したもの。井戸が残っているのですが、このあたりにあった豪商・大国屋の屋敷内に7つあったうち、残っている井戸がこれだそうです。ここはまた、札の辻だったところでもあります。少し広い三叉路になっていますが、昔、ここで盆踊りをしたので「踊り場」が通称。

Img_7872c  スタートから6.5㎞ほどのところ、櫛田川への下り口の近く、浄土寺の手前に「おんばさん」。百日咳に霊験あらたかな乳母神です。倭姫命が相可を通ったとき、人々が百日咳の流行で苦しんでいたため、倭姫命は櫛田川の鉾ヶ瀬の淵で川水に入り、「この川水で体を洗えば、必ず咳も治るだろう」といって立ち去られたといいます。この言付けを守ったところ、たちまち病は治ったそうです。人々は、倭姫命に感謝して、ここに乳母神を祀ったと伝えられています。

Img_7873c_20191110211401  おんばさんからすぐのところに、佛乗山往生院浄土寺。天台真盛宗のお寺。ここには大日堂があり、寺宝もいくつかあるようImg_7876c_20191110211401 でした。

Img_7942c  7㎞を過ぎて、再び松阪多気バイパスを越えます。JR紀勢線の線路に沿って進みますが、Img_7944c_20191110212101 7.7㎞地点で、伊勢本街道は紀勢線を渡って南東へ入って行きます。ウォーキングコースはこのあと、櫛田川の堤防に出るようになっています。

Img_7948c  8㎞を過ぎて、櫛田川の堤防に上がります。しかし、木々Img_7954c や草が生い茂っていて、櫛田川はほとんど見えません。このあたり立ち寄るところはありませんが、途中でジョウビタキのメスを見られました。

Img_7974c  8.8㎞の手前で堤防から降りて、相生神社へ。ここで9㎞、時刻は12時5分。ちょうどお腹も空いてきましたから、お参りしたImg_7983c あと、ここで「まご弁当」をいただくことにします。相生神社の創始については、詳らかではありませんが、兄国創村の際、天忍穂耳命(アマノオシホミミノミコト)を産土神として奉遷したのが始まりといいます。

Img_8007c  江戸時代には八王子社と称し、明治初年に八柱神社と改称されました。明治41(1908)年2月、兄国の菅原神社をはじめ23社を当社に合祀の上、相生神社と単称しています。相殿神は、熊野久須毘命、活津日子根命、菅原道眞ほか20柱(うち9柱は不詳)。

Img_8022c  さて、いよいよ弁当タイム。相可高校食物調理科の生徒さんたちは、部活として、土曜・日曜・祝日に「まごの店」での研修をしていますが、イベントなどには、この「まご弁」を売っているのです。これ、失礼ながら、高校生がつくったとは思えません。そんじょそこらで売っている弁当のレベルをはるかに凌駕しています。「料亭並み」といってよいでしょう。薄味ながら、しっかりと楽しめますし、お腹もふくれます。

Img_8052c  相生神社を12時半に再スタート。このあとは多気駅まで14.㎞で、立ち寄るところはないのですが、スゴいものを見つけましImg_8046c た。9.2㎞地点に大北牧場さんがあり、そこで牛たちがこちらを覗いているのです(微笑)。これがなんと、耳に「松阪牛」というタグをつけているではありませんか。しかもなかなか人なつっこい。カメラを向けていると、興味があるのか顔を覗かせてくれました。つれて帰れるものなら、1頭丸ごと連れて帰りたいくらい。

Img_8071c_20191110213901  このあと、佐奈川(この川は、櫛田川に合流します)を超えて、大豆を栽培しているあたりを通り抜けて、Img_8084c_20191110213901 多気駅に向かいます。

Img_8096c  多気駅には12時50分にゴールしました。3時間10分をかけて10.5㎞を歩いて来ました。今Img_8105c_20191110214201 日で、JRさわやかウォーキングのスタンプは、めでたく10個を達成しました。早速ゴール受付で賞品と交換。バッチ、タオル、折りたたみ三脚ミニチェアーから1つ。

Img_8109c_20191110214201  バッチは欲しいとは思わず、タオルもまぁいいかということで、ミニチェアーにしました。Img_8107c_20191110214201 これなら、バードウォッチングなどでも使えると考えたのです。さらに、先着500名にということで、「紀勢本線全通60周年記念オリジナルポストカード(5枚組み)」もいただけました。

Img_8129c_20191110214201  帰りには、快速みえにでも乗りたいと思ったのですが、指定席はなく、2両編成だというこImg_8135c_20191110214201 とで混みそうでした。結局、来たときの経路をそのまま戻ることにして、13時22分の普通電車亀山行きで、松阪へ。13時32分着。¥200。松阪からは、13時54分発の急行名古屋行きに乗車。桑名には、15時3分着。¥960。

Img_8142c  こちらがALKOOのデータ。22,063歩となっていました。JRさわやかウォーキングで10.5㎞+桑名駅往復が1.8㎞ということで、トータルは12.3㎞。まぁまぁでしょう。2日連続でハイキング/ウォーキングに行き、よく遊んできましたから、明日からはしっかり仕事もしなくてはなりません。幸か不幸か、明日は雨のようです。午後は、市民大学の歴史講座。

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2019年11月 9日 (土)

20191109近鉄ハイキング「近鉄名古屋線改軌60周年記念ハイキング 近畿日本鉄道発展の礎を歩く(近鉄弥富駅~近鉄長島駅)」へ(超予告編)

Img_6967c  絶好のハイキング日和でした。今日は、計画通り、近鉄ハイキング「近鉄名古屋線改軌60周年記念ハイキング 近畿日本鉄道発展の礎を歩く(近鉄弥富駅~近鉄長島駅)」に行ってきました。昨日の記事に書いたように、このあたりの近鉄名古屋線は、伊勢湾台風で甚大な被害を受けました。しかし、それを契機に、準備中であった狭軌(1,067mm)から標準軌(1,435mm)への改軌工事を一気に行ったのです。それ以前、名古屋線は狭軌であり、大阪線・山田線などは標準軌でしたから、名古屋~大阪間の直Img_6992c_20191109205101 通客は、途中の伊勢中川駅で乗り換えを強いられていました。名古屋線改軌はかねてから計画され、橋梁架け替えに伴う線路移設などと併せて準備工事が徐々に進んでいたのです。昭和34(1959)年9月の伊勢湾台風による被災を機に、当時の社長・佐伯勇の判断で改軌工事が復旧工事と同時進行で当初の計画を前倒しして実施されたのです。もっとも手間のかかる枕木の交換作業などの準備が前もってかなり進んでいたこと、また、架け替え工事中であった揖斐川・長良川・木曽川の各新橋梁は当日落成した上、台風で致命的な被害を受けずに済んだという幸運もあって、被災からわずか2か月後の昭和34(1959)年11月27日に名古屋線および神戸線(現在の鈴鹿線)の工事が完了したのです。今日のハイキングでは、近鉄弥富駅~木曽川橋りょう間にある、当時の国鉄関西本線(現在は、JR関西線)をクロスオーバーしていた橋の遺構と、桑名市長島町内にある国鉄関西本線を乗り越えるための築堤の一部やそこにあった架道橋の橋台、木曽川に残る旧橋梁橋脚跡などを見て回って来ました。右は、今日のコースマップ。

 もろもろ用事があり、時間的な制約がありますので、今日のところは「超予告編」。明日以降、順次、本編を書きますが、マジメに取り組めば2回くらいで終えられる気がしています。

Img_6990c  今日の受付は、近鉄名古屋線・弥富駅で10時から11時。朝は、少し仕事をしてから、桑名駅を9時36分に出る名古屋行き普通Img_6999c 電車に乗車。弥富は2駅目で、9時44分に到着。¥260。コンコースは大賑わい。今日のハイキングは、名鉄タイアップ企画ということでしたから、参加者が多かったのでしょう。受付も早めに始まり、コースマップを受け取ってスタートしたのは、9時58分。

191109kintetsuhikingyatomi  コースの全体像は、こちら。近鉄弥富駅をスタートして、JR関西線・弥富駅に出て、関西線沿いに木曽川まで進みます。ここまでで3ヶ所の鉄道遺構を見て、尾張大橋を渡るのです。今年は、伊勢大橋も徒歩で渡りましたので、これで、両方の橋を徒歩にて制覇できます(微笑)。尾張大橋を渡ると、桑名市長島町。愛知県と三重県を歩いたことになります。長島運動公園から線路沿いに歩いて、近鉄長島駅へ。長島町内でも3ヶ所を見てきます。近鉄ハイキングのサイトでは約8キロとありましたが、コースマップには約5㎞となっていました。実測しても、ほぼ5㎞。毎日の散歩くらいの距離。

Kintetsuold  伊勢湾台風以前の近鉄名古屋線の路線図。適切なものが今のところ見つかりませんので、「近鉄の廃線を歩く(徳田耕一、2006年、JTBパブリッシング)」から借りました。拡大していますので、不鮮明です。実測ルートマップ中、①②は弥富跨線橋、③④は近鉄旧橋梁、⑤は長島跨線橋のところとなります。

Img_7006c_20191109210101  近鉄弥富駅から北へほぼ100mでJR弥富駅前に出ます。JR弥富駅には、名鉄尾西線が乗り入れていますが、ホームは単線で折Img_7015c り返し運転をしています。ここからはJR関西線にそって南西へ。700mあまり進んだところで、第1の遺構に来ます。実測ルートマップには、①と示してあります。

Img_7024c  それがこちら。弥富駅から長島方向にあ ります。旧線は、築堤上を走るのですが、そこに残Img_7052c っている架道橋の跡です。さらにその先、スタートから900mほどのところには、旧国鉄関西本線(現在のJR関西線)の上をまたぐ弥富跨線橋のコンクリート製の橋の残骸があります。これらは、現在の近鉄名古屋線の電車からもよく見えます。

Img_7094c  1㎞を過ぎて、尾張大橋東詰交差点から来る道路の小島新田交差点で右折し、近鉄、JRと高架をくぐって左折。JR関西線の木Img_7121c_20191109212501 曽川橋梁のすぐ上流側にある木曽川堤防に出ます。ここからは、近鉄の旧木曽川橋梁の橋脚跡が残っているのが見えます。ケーソン沈下点を示す古いレールを利用した杭が一直線に並んでいるのです。これは、昭和4(1939)年に旧・鉄道省から伊勢電軌鉄道に払い下げられた木曽川橋梁の跡。伊勢電鉄は、この前年に桑名~名古屋間の免許を取得したものの、昭和初期の大不況のため、経営が苦しく、この払い下げによって開通できたという逸話が残っています。

Img_7142cc  小島新田の交差点まで戻って来たのが、10時25分頃。ここで思い出したのが、近鉄特急「しまかぜ」。名古屋発が10時25分ですから、もうじきここを通過するはずと見込んで、しばし待機。10時38分頃、やって来ました。ただ、いつもハイキング/ウォーキングの時は、超望遠コンデジ(Canon powershot sh60xs)を保っていきますので、動くものを撮るのはちょっと苦手。シャッターのタイミングがうまく合いませんでした。

Img_7171c_20191109213501  スタートからほぼ2㎞、10時40分過ぎから尾張大橋を渡ります。愛知県弥富市と三重県桑名市の木曽川にかかる国道1号線のImg_7180c_20191109213501 橋です。橋ができるまでは、「ふたつやの渡し」と呼ばれる渡し船がありました。これは明治5(1873)年、新東海道(明治の東海道)が設定された際に設けられたもので、大正10(1921)年以降は、愛知県営の無料渡船として運行されていました。現在の尾張大橋は、昭和8(1933)年にかけられたものです。

Img_7189c  この尾張大橋の途中で、愛知/三重の県境を越えます。左の写真は、弥富側から桑名・長島側を見たもの。Img_7225c 全長は、約879m。渡り終えたのは、10時55分。ほぼ15分かかりました(途中、何度も立ち止まって写真を撮っていました)。このあと、国道1号線の下を潜って、長島運動公園に行きます。

Img_7266c_20191109214601  ④の地点から弥富方面を眺めると、先ほども見た近鉄の旧木曽川橋梁の橋脚跡が、再び見えImg_7280c ます。ここで時刻は11時5分。歩き始めてから1時間あまりでしたので、小休止。他の参加者の方もたくさん休憩中。お茶を飲んだり、おにぎりを食べたりしておられます。私は、コンビニで買ってきた「つぶあん&マーガリンのコッペパン」。10分弱、休憩して再スタート。

Img_7312c  長島町内を歩き続けます。長島運動公園を出てすぐの写真。右下にある草むらも、近鉄の旧線跡の築堤の一部ではないかといImg_7330c_20191109214801 う気がします。さらに進んで、スタートから4.1㎞のところにあるのが、右の写真。長島跨線橋跡です。実測ルートマップでは⑤の地点。相当草木が生い茂っていますが、築堤と架道橋の橋台跡がよく分かります。

Img_7357c  その後、4.4㎞あたりで小さな川を渡ります。これが⑥地点。川にかかっていたと思われる橋の橋台らしきものが残っています。これで、今日の見学個所はほぼすべて見ました。近鉄長島駅に向かいます。

Img_7407c_20191109215501  11時35分、スタートからほぼ5㎞を歩いて、近鉄長島駅に到着。ウッカリして確認を忘れImg_7413c るところでしたが、駅前に「伊勢湾台風水位標」があります。 当時の桑名郡長島町地内では、堤防が15ヶ所も決壊し、1ヶ月間は水没したままであったそうです。

Img_7415c  こちらが近鉄長島駅。普段は準急と普通電車が止まりますが、なばなの里のイルミネーション開催期間中は、急行も臨時停車し、ここからなばなの里行きの三重交通のバスが発着します。11時48分に四日市行き準急がありましたので、それに乗って帰宅。桑名には11時52分に到着。¥210。今日の近鉄料金は、往復合計で¥470(微笑)。

Img_7471c_20191110043601  ALKOOによる記録は、こちら。12,060歩。歩いたのがハイキングで5㎞、我が家から桑名駅往復が1.8㎞Img_7301c で、合計6.8㎞。普段の散歩に毛が生えたくらいですから、こんなもの。あみま倶楽部のスタンプはこれで30個を達成しました。

Img_7455c  オマケ。桑名市内に入って、上之輪新田の様子。去年、コスモス畑のあったところはご覧のような様子。これは今年は、コスモスの種は蒔いてないようで、去年の名残ではないかという気がします。

191110jr  ところで、明日は、JRさわやかウォーキングがJR紀勢線・多気駅であります(晩秋の田園風景と伊勢本街道を訪ね、「おいないまつり」で多気の文化と食を楽しもう!)。できれば行ってこようと思っています。行動範囲を広げたいのと、明日、参加できるとスタンプが10個になり、めでたく賞品がもらえるのです(笑)。それだけでなく、伊勢本街道を歩けるのも、魅力的。多気は松阪のさらに向こう。特急・南紀や快速・みえで1時間を要します。

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2019年11月 8日 (金)

20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(その3)……観光交流センター・祭人、冨吉建速神社・八劔社、龍照院で秀吉御手植えの大イチョウを見て、ゴールのはつらつ公園へ(完)

191102jrwalkingkanie2  11月2日のJRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」、その3です。その2では、実測ルImg_6160c ートマップその2の中央あたりにある御葭橋(みよしばし)まで来ました。次の立ち寄り先は、観光交流センター・祭人(さいと)です。ここは、ユネスコ無形文化遺産に登録された「須成祭」をメインテーマに町の観光拠点として設けられています。スタートから約5.2㎞、11時少し前に到着。

Img_5869c_20191102180601  この日は、JRさわやかウォーキングにあわせて「蟹蟹フェア」が開催されると、その1で書きましたが、その会場がこちら。「蟹江町で蟹を食べる!」がテーマです。ちなみに、蟹江という町名の由来は、つぎのようなことだそうです:「カニエ」という地名が初めて文献に登場するのは、建保3(1215)年の「水野家文書」といわれます。当時の蟹江は海に囲まれた土地で、「蟹江郷」「富吉荘」という名称で呼ばれていました。海辺には柳の木が生え、水辺には多数の蟹が生息していたことからこの名がついたといいます。蟹蟹フェアでは、町内の飲食店が蟹を使ったグルメを販売しているのですが、限定数がかなり限られていました。さて、グルメにはありつけるのか?

Img_6162c  まず目に入ったのは、山田酒造の「最愛」の試飲(苦笑)。山田酒造は、去年3月4日のJRさわやかウォーキンImg_6165c_20191102194401 グ(今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編))で訪ねました。「酔泉」と「最愛」という日本酒で知られています。この日は、「最愛」が試飲できました。辛口で割とスッキリしたお酒。スタッフの方に、「PRしておくね」と約束しました(笑)。右の写真が、この最愛という酒。祭人のショップでも売っていましたが、甘強酒造ですでに「本醸造 名古屋正宗」を1本買っていましたので、この日は買わず。

Img_6168c_20191102194501  祭人の2階には、須成祭について紹介する展示があります。須成祭は、ここ祭人のすぐ近くにある冨吉建速神Img_6177c 社(とみよしたけはやじんじゃ)・八剱社(はっけんしゃ)両社の祭礼として行われる川祭で、8月第1土曜日に宵祭、翌日曜日に朝祭が行われます。祭は、「車楽船(だんじりぶね)の川祭」と「神葭(みよし)の神事」の2部から構成されていて、7月「稚児定め」から10月「棚下し」まで約100日間にかけて数々の祭事が行われますので、別名「100日祭」ともいわれています(国指定重要無形民俗文化財)。

Img_6187c  須成祭は、疫病退散を祈願する天王信仰(牛頭天王の信仰)の祭礼であり、須成天王祭(すなりてんのうまつり)とも呼ばれImg_6189c_20191106045201 るそうです。「神葭の神事」では、蟹江川の河岸に茂るヨシを刈って神体として冨吉建速神社に祀り、災厄をヨシに託して蟹江川に流し、ヨシを7日間にわたって蟹江川に浮かべた後、70日間、冨吉建速神社の神棚に祀り、燃やすのだそうです。この神事が100日間に及ぶ、これによって疫病退散を祈願します。同様の神事は、この近くでは、津島神社(津島市)の尾張津島天王祭があります。須成祭でも、提灯をともした巻藁船1艘が出るのですが、それも津島天王祭りと似ています。巻藁船の行事は見事ですから、一度見てみたいのですが、尾張津島天王祭は桑名水郷花火大会と、また、須成祭は石取祭と重なっているんですねぇ。

Img_6193c  2階の展示を一通り見て回り、祭人の前に戻って来ました。グルメが気になります。どのお店の方も熱心に売り込んで来らImg_6222c れるので、迷います。蟹蟹ラーメン(珈琲美楽さん、¥500)もあったのですが、ここでラーメンを1杯食べるとあと、歩くのがしんどそう。結局、「味彩もへの」のお姉さんの笑顔と強力な売り込みに惹かれ、蟹タクちらし(¥300)をお買い上げ。「小腹、空いていませんか?」といわれて、やられました(苦笑)。最近、この「小腹が空く」ということばに弱いのです。このあと立ち寄った冨吉建速神社・八劔社でいただくことになりました。

Img_6200c_20191106051001  祭人を出て、天王橋で蟹江川を渡るとすぐに、冨吉建速神社・八劔社があります(2社を合わせて須成神社ともいうそうでImg_6203c_20191106051001 す)。須成祭はここのお祭です。主祭神は、冨吉建速神社が素盞嗚尊(すさのおのみこと)、八劔社が草薙神霊(くさなぎのしんれい)で、相殿神は熱田五神(あつたごしん)となっています。天平5(733)年に行基の勧請によって創建されたとされ、寿永元(1182)年)には木曽義仲が再建したとされるますが、その真偽は定かではありません。中世以降にはこの神社が富吉荘(現在の蟹江町周辺)の総氏神でした。室町時代後期の天文17(1548)年には織田信長が社殿を修復したとされますが、これもまたその真偽は定かでありません。豊臣秀吉や徳川家康なども参拝し、この神社に寄進を行っているといいます。

 ちなみに、熱田五神は、熱田神宮の相殿神である天照大神素戔嗚尊日本武尊宮簀媛命(ミヤズヒメノミコト;日本武尊の妃)、建稲種命(タケイナタネノミコト;父は尾張国造乎止与命(オトヨノミコト)、母は眞敷刀婢命(マシキトベノミコト、尾張大印岐の女)で、宮簀媛命は妹。日本武尊東征の際、副将軍として軍を従え、軍功を挙げた)ではないかと思うのですが、そうすると、素戔嗚尊が重なってしまい、今ひとつよく分からず。分からないこと、たくさんあります。熱田神宮の主祭神は熱田大神、ご神体は草薙剣。

Img_6211c  かつて、冨吉建速神社は牛頭天王社(単に天王社、天王とも)と呼ばれており、八劔社は牛頭天王社の末社という扱いでしImg_6213c_20191106052701 た。しかし、明治期に国家神道を推し進める中で、仏教の天部神である牛頭天王は好ましくないとされ、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)を祭神として牛頭天王社から冨吉建速神社に改称しています。富吉建速神社本殿は一間社流造・桧皮葺、八劔社本殿は、三間社流見世棚造桧皮葺で、それぞれ室町時代の特色をもった建物で、いずれも重要文化財。

Img_6228c  冨吉建速神社・八劔社にまずはお参り。お参りを済ませましたので、境内の日陰を借りて腰を下ろし(あとでよく見たら、隣Img_6281c_20191108132901 の龍照院の鐘楼でした)、先ほど購入してきた蟹タクちらしを食べることに。まさに小腹を満たすのにちょうどよいくらいの量でした。さっぱりとした味で、あっという間に平らげてしまいました。ついでに小休止。

Img_6235c  富吉建速神社・八剣社のとなりに蟹江Img_6242c_20191108131001山常楽寺龍照院というお寺があります。ここもコースには含まれていなかったのですが、珍しいものがあるということで、お参りがてら見に行くことにしました。真言宗智山派のお寺です。天平5(733)年に行基が創建したといいます。 その後、鎌倉時代の寿永元(1182)年、木曽義仲が七堂伽藍と十八坊を建立し、その中央に蟹江山常楽寺を置き、常楽寺には本尊として十一面観音菩薩を安置、栂尾(とがのお)の明恵上人を中興開山としたといいます。ただし、以上の由緒には、諸説があります。当時の常楽寺境内は24町歩(7万2000坪)、寺領は76町歩(30万坪)もあったのですが、天正12(1583)年に羽柴軍と織田・徳川軍が戦った蟹江城合戦の際に、龍照院と鎮守(冨吉建速神社・八剱社)を残し、兵火のために灰燼に帰しました。御本尊の十一面観世音菩薩像は、寿永元(1182)年、仏師僧教円によって造立されたといい、国の重要文化財です。

Img_6247c_20191102200401  こちらは大日如来堂。木曾義仲の菩提を弔うために巴御前(ともえごぜん)が安置したといわれる大日如来坐像が安置されてImg_6251c_20191108131401 います。巴御前は、木曾義仲とともに幼少のころから生涯をともにし、木曾義仲が平家追討の兵を上げたとき、義仲に従って上洛した女性です。藤原時代末期の作で、定朝(じょうちょう)様式といいます。国の重要文化財です。

Img_6261c_20191102200301  さて、珍しいものとは、龍照院の北西にあります。左の写真に写っているイチョウの木がそれです。樹齢はImg_6264c_20191108132001 400年以上(平成6(1994)年時点で)、町指定の天然記念物です。「龍照院の大イチョウ」と呼ばれ、町内で一、二の巨木であり、名木であるとして地域の人たちからも敬われているといいます。この大イチョウが、豊臣秀吉御手植えのイチョウなのだそうです(江戸時代の文献にも記載されているといいます)。平成6(1994)年時点で、樹高は23m、幹回り3.5m。秀吉御手植えのイチョウかどうかは、別にしても立派なイチョウの木でした。

Img_6268c_20191102200401  龍照院の南、道路に面して秋葉大権現のお堂がありました。火災などの災害がないことを願って、火焚き行Img_6277c 事が行われるようですが(こちら)、神社の詳細は不明。

Img_6288c  龍照院を11時25分頃に出て、再び蟹江川沿いに出て、今度は左岸を下ってImg_6292c いきます。往きに通った御葭橋まで来て(5.8㎞)、左折。蟹江駅の方向に向かいます。これでもうゴール地点までは立ち寄るところはありません。街中を進んでいくのです。

Img_6296c_20191108133601  途中、市場というところに広い空き地があり、「昭和二十一大師第十九番 松秀寺」という石柱と、「八幡山松秀寺 お稚児山募集」という看板がありました。帰って地図で見ると、ここには松秀寺というお寺があるはず。不思議に表調べてみると、以下のようなことでした。八幡山松秀寺は、蟹江町唯一の禅寺(曹洞宗)で、ご本尊は、聖観世音菩薩。天文23(1554)年、桂の廣済寺四世・天巌春暁和尚が草創したといいます。須成の荘に応神天皇を鎮座し、同時に一寺を建立し八幡山松秀寺と号しました。つまり、神宮寺として始まっています。その後、天正12(1584)年の蟹江合戦で焼失、万治3(1660)年、再興して祈願所となるのですが、暴風で潰れたり、濃尾大地震で破損したりするなどさまざまな困難を経た後、明治48(1915)年にここに移転しました。平成15(2003)年、約430年ぶりに草創の地である、須成西四丁目(東名阪蟹江インター近く)に移転しています。つまりここは、松秀寺の跡地でした。

Img_6301c  スタートから6㎞を過ぎ、6.3㎞地点に調整池があり、そこにカモの姿が(微笑)。この日は、ジョウビタキ2羽も見ましたし、JRさわやかウォーキングでバードウォッチングまでできるとは、ラッキーでした。カルガモとコガモが浮いています。さらに700mほどを歩くと、ゴールに。

Img_6331c  ゴールは、はつらつ公園。JR関西線・蟹江駅が工事中ですから、こちらがゴールになったものと思います。Img_6311c ヨシヅヤ蟹江店の南にある公園。11時40分に到着。ここまでで7.0㎞。

Img_6314c_20191102200401  さわやかウォーキングのスタンプを押してもらい、これで合計9個。微妙Img_6327c な個数です。というのも、スタンプ帳の有効期限は1年。私のものは、11月23日がその期限です。それまでにもう1回参加し、完歩しないと、賞品がもらえないのです。それまでには、11月10日(日)、JR紀勢線・多気駅でのウォーキングがありますが(晩秋の田園風景と伊勢本街道を訪ね、「おいないまつり」で多気の文化と食を楽しもう!)、どうしましょう?と思案中。これに行けばスタンプ10個は達成。しかし、JR関西線・桑名駅からJR紀勢線・多気駅まではちょっと遠い。特急・南紀や、快速みえでほぼ1時間。

Img_6323c_20191102203901  物販スペースも出ていたので、覗いてきました。コーヒーの他、蟹江町特産というイチジクを使ったお菓子などがあったのですが、結局、何も買わず。イチジクをそのまま食べた方が美味しそうな気がしたのです(微笑)。

Img_6337c_20191102200401  ここは、蟹江駅のすぐ北東側。蟹江駅に向かいます。駅までは300mほどということで、この日、ウォーキングで歩いたのは、合計7.3㎞。到着したのは、11時50分。12時ちょうどに四日市行き普通がありましたので、それに乗車、桑名駅には、12時16分着。¥240。蟹江駅でホームに出たら、私が「富田のオッちゃん」と呼んでいる知人に遭遇。この方、「よく遊び、よく学べ」の達人。密かに尊敬しています。きわめてフレンドリーで、誰とでも知人・友人になります。釣りバカ日誌の主人公「ハマちゃん」みたいな人。「おぉ、久しぶり」と手をあげて挨拶されました。私より一回り年上なのですが、元気です。

Img_6349c_20191102200401  この日の歩数は、ALKOOによれば、15,529歩。まぁまぁです。足らないこともなく、歩きすぎることもなくですから。

Img_6356c_20191108140501  土産の甘強酒造の「名古屋正宗」は、早速味わいましたが、私には、常温よりも冷やにした方がスッキリしImg_6358c て飲みやすく感じました。

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風が強くて鳥はおらず……ただし九華公園のカモは70羽になりました

Img_6963c_20191108153601  好天が続いています。私にとっては散歩日和ということで、今日も8時15分から歩いてきました。朝のうちは風も強く、寒いくらいでしたが、歩き終わる頃には薄らと汗ばんでいます。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、新築町、寺町商店街と回って、6.1㎞。

Img_9756c_20191108153601  揖斐長良川の中洲、住吉神社の東のところには、毎年、秋からサギが集まるエリアがあるのですが、今年はほとんど来ません。今日は、ダイサギが1羽だけいるのが見えました。いつもなら、アオサギがたくさん来るのですが、今年は居心地がよくないのでしょうか。このほかには、長良川河口堰の近くにもう1羽、ダイサギがいるのが見えただけ。川は風で波立っていて、カモなどはほとんどいません。3羽のカモが低空飛行で風を避けながら上流に向かっただけ。セグロカモメらしきカモメは、反対に下流に向かって飛んで行きました。

Img_9763c  七里の渡し跡では、ヒドリガモが5羽。揖斐川はかなり波が立っていましたので、それを避けてここに入ってきたような気がします。このあと、柿安コミュニティパークまで含め、見られた鳥は以上(苦笑)。モズも、ハクセキレイも、ヒヨドリもいません。オマケに川沿いは、風が強くて寒い。

Img_9772c_20191108153601  九華公園に到着。まずはアオサギさんが、まったくいつも通りに、いつものところにいました。マジメなのか、律儀なのか、神対応なのか?? ゴイサギ、ホシゴイはこのところ姿が見えません。隠れていて見えないだけかも知れませんが、これだけ連日見られないということは、いない可能性が高いか?

Img_9809c_20191108153601  一方で、カモたちは合計70羽と、今シーズン最多を記録。ヒドリガモが3羽(オス1羽、メス2Img_9791c 羽)、ハシビロガモが5羽(オス2羽、メス3羽)、ホシハジロはメス1羽で、他の61羽がキンクロハジロ。右の写真は、ホシハジロのメス。オスは先日はいたものの、その後はいなくなっています。

Img_6943c  こちらは、手前にいるのがハシビロガモのオス、茶色っぽいのはキンクロハジロのメス。もっとも奥に見えImg_9799c るのは、ホシハジロのメス。二の丸堀の西側のエリアにて。そして、今日は、オオバン1羽もいました。カモたちに混じっていることもありますが、たいていは別行動。

Img_9815c_20191108155101  貝塚公園は静かでした。ヒヨドリもあまりいませんでした。メジロがいたものの、離れていたところで、やっと撮れた写真。どこにいるの? といわれそうです。ということで、今日はあまり成果が上がりませんでした。

Img_6962c_20191108153601  帰りは寺町商店街を通り抜けてきましたが、今日は三八市で、それなりに賑わっていました。私自身は、滅多に買い物はしません。安いというわけでもなく、これは欲しいと思うものがあるわけでもないからです。

Img_6954c_20191108160901  明日は、弥富で近鉄ハイキングがあります。「近鉄名古屋線改軌60周年記念ハイキング 近畿日本鉄道発展の礎を歩く」。「名古屋線改軌60周年」とありますが、このあたりの近鉄名古屋線は、伊勢湾台風で甚大な被害を受けました。しかし、それを契機に、準備中であった狭軌(1,067mm)から標準軌(1,435mm)への改軌工事を一気に行ったのです。それ以前、名古屋線は狭軌であり、大阪線・山田線などは標準軌でしたから、名古屋~大阪間の直通客は、途中の伊勢中川駅で乗り換えを強いられていました。名古屋線改軌はかねてから計画され、橋梁架け替えに伴う線路移設などと併せて準備工事が徐々に進んでいたのです。昭和34(1959)年9月の伊勢湾台風による被災を機に、当時の社長・佐伯勇の判断で改軌工事が復旧工事と同時進行で当初の計画を前倒しして実施されたのです。もっとも手間のかかる枕木の交換作業などの準備が前もってかなり進んでいたこと、また、架け替え工事中であった揖斐川・長良川・木曽川の各新橋梁は当日落成した上、台風で致命的な被害を受けずに済んだ、という幸運もあって、被災からわずか2か月後の昭和34(1959)年11月27日に名古屋線および神戸線(現在の鈴鹿線)の工事が完了したのです。しかも、鉄道を止めて代行バスを走らせていたのではなく、実は一部区間を除き狭軌のままで開通させ、その横で広軌化工事の準備を行ったというから驚きです。

Img_9778c  明日のコースにはたぶん、近鉄弥富駅~木曽川橋りょう間の、当時の国鉄関西本線(現在は、JR関西線)をクロスオーバーしていた橋の遺構と、桑名市長島町内にある国鉄関西本線を乗り越えるための築堤の一部やそこにあった架道橋の橋台などを見て回ると思います。去年3月、旧・伊勢鉄道廃線跡を訪ねるハイキングに行ってきましたが、けっこう楽しめました(2018年3月25日:近鉄ハイキング「(旧)伊勢鉄道廃線跡めぐり」へ)。近鉄弥富駅から木曽川を渡って、近鉄長島駅まで約8㎞。ただ、弥富駅での受付が10~11時で、時間をもてあましそう。ちょっと散歩に行ってから出かける(微笑)?

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2019年11月 7日 (木)

九華公園でメスのカワセミ

Img_6862c  朝一番に用事を済ませ、8時半から散歩。10℃くらいで風も少々あって、寒いくらいでした。日中は18.9℃と20℃を下回ったものの、過ごしやすい気候でした。住吉神社、九華公園、貝塚公園、入江葭町、吉津屋町、寺町商店街と6.2㎞。11時頃帰宅。九華公園で会った散歩友達のWさんから、同じく散歩友達であった伊賀町のご隠居様が亡くなられたらしいという話を聞き、ちょっとした感慨にふけっていました。後期高齢者になられたばかりだったはず。

Img_6876c  気を取り直して、九華公園では、久しぶりにカワセミのメス。相撲場の近く、鎮国守国神社の社務所の裏あたりです。九華公園には9時過ぎについたのですが、カワセミを見たのは、ここに2回目に来たとき。10時前。このあたりを飛び回っていたのです。いやぁ、カワセミを見るとやはりうれしくなります。小躍りするか、スキップを踏むかなどと思ったりします(苦笑)。

Img_6838c  さて、話を戻して、時間順に。住吉神社のところに来たら、何やらテレビの撮影中でした。四日市のケーブルテレビのCTY。何の番組かは分かりませんが、若い女性のレポーターが「三重県桑名市に来ています」などとレポートしているところでした。小型のドローンも用意されていました。しばし待って、住吉神社にお参りして、散歩を続けます。

Img_9678c  揖斐川には、今日もあちこちにカンムリカイツブリの姿が3羽。いずれも遠いので、証拠写真。船津屋から山月の辺りでは、モImg_9687c_20191107193201 ズのけたたましい鳴き声が複数聞こえました。たぶん、縄張りをめぐっての諍い。モズの縄張りの広さがどのくらいかは分かりませんが、かなりテキトーに推測するに、三の丸公園あたりにいるモズと、諸戸氏庭園あたりのモズとが揉めていたような気がします。右の写真は、旅館・山月の屋上。

Img_6847c  その後、三の丸公園にいくと、メスのモズが西側エリアにあるソメイヨシノの木のてっぺんにいました。2月頃までは、異性が来ても縄張りを守るために追い払うといわれます。今からの時期は、エサの確保が最大の課題なのでしょう。

Img_9705c 九華公園。アオサギさんは、いつもどおり、いつものところに御鎮座。神対応をしてくれますし、このとこImg_9717c_20191107193201 ろ私が公園に行く日は、毎日来ていますので、「御鎮座」といいたくなるくらい(微笑)。ゴイサギとホシゴイ、去年の今頃はよくいたのですが、この頃はさっぱり見つけられません。鎮国守国神社の一の鳥居近くで、オスのジョウビタキに遭遇。ただ、条件がよくなくて、これもまた証拠写真。こんな写真ばかりです。

Img_6858c  カモは、合計61羽。九華橋の南、神戸櫓跡の西には、キンクロハジロが31羽と、ホシハジロのメスが1羽。Img_9733c_20191107193201 オオバンも1羽、この中に混じっています。二の丸堀の西側エリアには、25羽。そのうち、ハシビロガモが4羽とヒドリガモが3羽の他は、キンクロハジロ。ハシビロガモは、オス・メスとも2羽ずつと思います。

Img_6886c_20191107193201  ヒドリガモは、オス1羽にメスが2羽。この3羽がともに行動しています。1ペア+メス1羽Img_6881c なのでしょうが、どういう関係? 疑問ですが、よく分かりません。

Img_6872c  他に九華公園にいたのは、ヒヨドリ(やかましいのです)、ドバト、キジバト、カワラヒワ、ハクセキレイなど。

Img_6897c  貝塚公園も、ヒヨドリやキジバトくらいしかいません。去年まではモズがImg_9752c_20191107193301 いたのですが、今年はまだ見ていません。公園整備ををしている、知人のシルバー人材センターの方に伺うと、モズを見たというのですがねぇ。やむなく、イチョウの木や、葉っぱを撮影。

Img_6892c  九華公園から貝塚公園に行く途中に精神障害の方たちの作業所があります。毎年、秋から春先にかけて、みかんの直売所が出ます。去年は、たびたび購入しました。多度のみかんで、ノンワックス。去年は1袋¥300だったのに、今年は¥350。今日も買おうと思ったものの、財布にあった小銭は50円玉が2つ(苦笑)。消費増税以降、Kips ICOCAで支払うことが多く(コンビニでは、これで2%還元の恩恵を受けられるのです)、小銭がないのです。

Img_6903c  このところ、非常勤に関わる仕事(授業の準備、Q&Aを書くことなど)、相談の準備、研究会での講演の準備その他で、最近の私にしては多用の日々。しかし、いったん怠惰に流れると、勤勉に戻すのは並大抵のことではありません。それを実感中(爆)。午睡はとるものの(昼寝をしないと保たなくなってきました)、それ以外は資料、パソコンに向かっていることが多いのですが、遅々として進まず。リビングの片隅に居候中で、日当たりがよいのはありがたいのですが、この季節、陽が当たるとボーッとしてしまい、仕事になりません。いやはや、困ったもの。しかし、朝早く目覚めたときは、そのまま仕事をするようにしたのですが、これが案外効率がよさそうです。ただ、あまりに早く起きると、昼を食べると途端に眠くなるのは、玉に瑕。なかなか思うようには行かないということです。

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2019年11月 6日 (水)

三重K-ABCアセスメント研究会第28回研究会(12/01)のお知らせ……熊谷恵子筑波大学教授によるアーレンシンドロームについてのご講演【案内文書を最新のものに差し替えました(11/6)】

 三重K-ABCアセスメント研究会から第28回研究会のお知らせをいただきました。三重K-ABCアセスメント研究会は、発会から10年目になりましたが、参加者相互の研鑽により、的確な心理アセスメントを行い、適切な支援につなげるための力量を付けることが目的としています。今回は、筑波大学教授・熊谷恵子先生により、光の過敏症として昨今注目されている「アーレンシンドローム」についての講演会を企画しています。内容は以下の通りです。ご関心がおありの方は、この記事の末尾から正式な案内文書をダウンロードして、ご確認いただき、直接、三重K-ABCアセスメント研究会へお申し込み下さい。

  1. 期 日:令和元年年12月1日(日)
  2. 会 場:独立行政法人国立病院機構 三重病院大会議室(〒514-0125 三重県津市大里窪田町357番地)
  3. 対 象:小・中学校、高等学校、特別支援学校、大学等に勤務する教員、医療、福祉で心理アセスメントに関わる方
  4. 日 程:9:00受付開始、9:15~11:45講演会、11:55~12:00質疑応答
  5. 内 容:特別講演「アーレンシンドローム~光に鋭敏なために生きづらい子どもたち」 (講師)筑波大学教授・熊谷恵子先生
  6. 参加費:1,500円(当日会場でお支払い下さい。本会会員は参加費無料)
  7. 申込方法:①お名前、②ご所属 ③職種 ④連絡先住所 ⑤連絡先電話番号、⑥E-mailアドレスをご記入のうえ、E-Mailで令和元年11月18日(月)までに下記メールアドレス宛にお送り下さい。会場の関係で参加不可能な場合にのみ連絡があります
  8. 事務局連絡先:三重K-ABCアセスメント研究会 後藤勝弘先生 mie.kabc.goto@gmail.com(スパムメール防止のためアットマークは全角サイズで表示しています。メールご送信の際には半角サイズ(@)にご訂正ください

 正式な案内文書は、次からダウンロードできます:

Word版案内文書:ダウンロード - 20191201miekabc.doc

pdf版案内文書:ダウンロード - 20191201miekabc.pdf

 

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非常勤deバードウォッチング

Dscn1973c  朝は8℃にまで下がり、寒いくらいでしたが、日中はよく晴れ、20℃を超えて気持ちのよい天気。今日は、江戸橋での非常勤の日。助手の先生からも、「水曜日、いい天気が続きますね」とお褒めのことばを頂戴しました(微笑)。仕事とはいえ、出かけるにはやはり好天の方がはるかにありがたいところです。今日のテーマは、「自己と他者」。最後に「自尊感情尺度」を実施しようと思っていたものの、準備した内容がやや多すぎて時間切れ。各自でやるように、質問は次回受けるということにしました。授業で使うパワポのスライドにも、誤字(変換ミス)や、一連の番号のつけ間違いがあり、反省材料でした。

Ishikuma  前回のQ&Aで、上手な助け方/助けられ方を補足説明するのに、石隈利紀先生の「寅さんとハマちゃんに学ぶ助け方・助けられ方の心理学―やわらかく生きるための6つのレッスン」(誠信書房、2006年刊行)を紹介したのですが、反応が今イチ。そうではないかと思ってはいたのですが、今の20歳くらいの若者には、寅さんやハマちゃんは知られていないようでした(苦笑)。

Dscn1920c  さて、前回、帰りにいつもの電車に乗れそうもないということで、志登茂川へ道草をした(10月30日:非常勤の帰りに志登茂川でバードウォッチング)のに味を占めて、今日はいつもの電車Dscn1923c には間に合ったにもかかわらず、わざわざ道草をしてきました(微笑)。江戸橋駅まで行く途中、おぼろタオルの工場があります。その先の路地を、工場の塀に沿って東に少し行くと、志登茂川に出るのです。

Dscn1924c  川に出るところには、樋門があり、「与六樋門」という表示がしてありました。近鉄ハイキング/JRさわやかウォーキングで歴史散歩をしていることもあって、こういう何か由来のありそうな名前を見ると、気になります。しかし、残念ながら、調べても分からず。

Dscn1928c  志登茂川に出て、西の方を見た写真。先週は、潮がかなり引いていたのですが、今日はこんな風。四日市港潮汐表で見ると、干潮は7時11分と20時42分。パッと見、何もいない!と思ったのですが、老眼を懲らしてよくよく眺めると、遠くにカモらしき姿や、サギたちが見えます。

Dscn1931c  今日持参したのも、Nikonのcollpix s7000。光学20倍ズームですから、限界があります。Dscn1936c ダイサギらしき姿も見えます。いつも散歩の時持ち歩いているCanonの超望遠コンデジ(powershot sh60xs)は、ちょっとかさばりますから、どうしよう? と思っています(何をしに行っているのか、分からなくなるというのもありますが)。双眼鏡なら、コンパクトでまだよいか? ということはありませんねぇ(苦笑)。

Dscn1949c  江戸橋に近い方の対岸を見ると、セグロカモメらしきカモメと、白いサギ。サギは、大きさから見て、コサギと思えます。他Dscn1953c にもダイサギらしき姿が2羽。肉眼では分からなかったのですが、ズームして撮った写真には、小魚をくわえている様子が見て取れました。

Dscn1912c  そうそう、非常勤先のグラウンドには、ハクセキレイがよくいます。今日、ようやく写真が撮れました。たいてい2羽が一緒にいて、戯れているように思えます。さらに、たまにアオサギなどが飛んでいくのが、教室や廊下から見えたりもします。バードウォッチングもできる非常勤のお仕事、私にはとてもありがたい仕事であります。

 余談というか、戯言というべきか。第4次安倍第2次改造内閣で、菅原経産大臣、河井法務大臣が辞任しました。第2次安倍政権発足後(2012年12月~)、不祥事や失言での閣僚辞任は9人もいるそうです(健康問題をのぞく)。そのたびに首相は「任命責任は私にあります」とか「責任を痛感しています」とおっしゃるのですが、その回数や何と49回もあるといいます(こちら、ただし、有料記事ですから、一部しか読めません)。それだけ責任を感じながらも、失敗する人ばかりを大臣などに登用しているのはなぜ? よほど人を見る目がないのか、あるいはわれわれには理解できない、何か特別な意図があるのか。さらには、それだけ責任を感じたり、痛感までしたりしていたら、私などとても耐えられず、自分から退場してしまうだろうと思うのですがねぇ……。ネットで見かけた話題からの戯言(たわごと)故、ご容赦あれ。

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«20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(その2)……甘強酒造で日本酒、みりんを試飲、銭洗尾張弁財天富吉神社で100円玉を洗って蟹江町役場、蟹江町体育館を通って再び蟹江川沿いでジョウビタキ、御葭橋を見る